78 / 86
水島朔の話 ニ十歳
水島朔の話 ~朝~
しおりを挟む
昨日の嵐が嘘みたいに、外は明るい。
窓からは、朝の太陽が差し込んでいた。
遠くから、ひばりの声が聞こえる。
わたしは、ベッドに横になったまま、両手を顔の前にあげた。
わたしの腕と手が、金色の朝日に照らされる。
ああ。生きている。
わたしは大きく息を吸った。
生きているんだ。
遠くから、波の音が聞こえる。
わたしは、すっかり細くなった手と足を、天井に向かって放り上げた。
この身体一つで生きてきた。
この手でご飯を食べ、この足で様々な国のステージを歩いた。
この目でたくさんのものを見た。
母も、父も、叔母も、わたしを置いて死んでしまったが、この身体だけは、ずっと一緒だ。
わたしの死の瞬間まで、一緒にいてくれる。
玄がいたから、わたしは今ここにいる。
たくさんの愛をもらった。
わたしが思うような形にはならなかったが、彼は彼の幸せをつかんだ。
わたしは、わたしの幸せを形づくっていこう。
彼のいるこの世界で。
そして、玄や、玄のお父さんにしてもらったように、今度はわたしが、誰かに返していこう。
この身を使って、彼らのように。
この腕で抱きしめ、愛を伝えよう。
生きること。楽しむこと。笑うこと。愛を込めて命を讃えていこう。
世界は美しく、どこまでも広がっている。
わたしは大きく伸びをした。
急に空腹を覚え、何か朝ご飯を作ろうと、起き上がった。
ベッドからでようとしたわたしを、太い腕が引き留めた。
「起きたか」
「うん」
「久しぶりに、ぐっすり寝た」
レンはそう言って、もう一度わたしをベッドの中に引き戻そうとした。
「朝ご飯をつくるね。もう少し寝ていて」
わたしは急に裸のレンの隣に寝ているのが恥ずかしくて、いそいでベッドから出ようとした。
「朝ご飯なんていらないよ」
「そんなこと思ってないくせに」
からみついてくる腕をほどきながら、わたしはことさら軽く言った。
耳の奥に聞こえる心臓の音がうるさい。
「思ってるさ」
そう言いながら、レンは、すぐに寝息をたて始めた。
軽い焼きたてのパンにバター、熱い珈琲と、昨日残った野菜スープを温め直していたら、レンが起きてきた。
「良い天気だ」
そう言って向かいに座ったレンは、わたしと同じ匂いがした。
「昨日は、ありがと」
わたしは、お礼を言った。
「久しぶりにぐっすり眠ったよ」
レンは満足げに頬の傷を触りながら言った。
「昨日、言い忘れたが、合格おめでとう」
「ありがと」
わたしは何となく恥ずかしくて、俯きながら、パンを割いた。
「合格祝いだな。何がほしい?」
レンはにやりと笑った。
「え。もらえないよ。こちらがあげなきゃならないくらい」
苦手な数学が人並みの点数になったのは、あの夏、集中的にレンに教えてもらったからだ。
「いいから。年上の男は、何かあげたいもんなんだよ」
「もらえないよ」
「朔――」
「じゃあ……」
わたしは、ためらいながら希望を言った。
「……いいだろう」
彼は面白そうに頷いた。
「その日が楽しみだ」
窓からは、朝の太陽が差し込んでいた。
遠くから、ひばりの声が聞こえる。
わたしは、ベッドに横になったまま、両手を顔の前にあげた。
わたしの腕と手が、金色の朝日に照らされる。
ああ。生きている。
わたしは大きく息を吸った。
生きているんだ。
遠くから、波の音が聞こえる。
わたしは、すっかり細くなった手と足を、天井に向かって放り上げた。
この身体一つで生きてきた。
この手でご飯を食べ、この足で様々な国のステージを歩いた。
この目でたくさんのものを見た。
母も、父も、叔母も、わたしを置いて死んでしまったが、この身体だけは、ずっと一緒だ。
わたしの死の瞬間まで、一緒にいてくれる。
玄がいたから、わたしは今ここにいる。
たくさんの愛をもらった。
わたしが思うような形にはならなかったが、彼は彼の幸せをつかんだ。
わたしは、わたしの幸せを形づくっていこう。
彼のいるこの世界で。
そして、玄や、玄のお父さんにしてもらったように、今度はわたしが、誰かに返していこう。
この身を使って、彼らのように。
この腕で抱きしめ、愛を伝えよう。
生きること。楽しむこと。笑うこと。愛を込めて命を讃えていこう。
世界は美しく、どこまでも広がっている。
わたしは大きく伸びをした。
急に空腹を覚え、何か朝ご飯を作ろうと、起き上がった。
ベッドからでようとしたわたしを、太い腕が引き留めた。
「起きたか」
「うん」
「久しぶりに、ぐっすり寝た」
レンはそう言って、もう一度わたしをベッドの中に引き戻そうとした。
「朝ご飯をつくるね。もう少し寝ていて」
わたしは急に裸のレンの隣に寝ているのが恥ずかしくて、いそいでベッドから出ようとした。
「朝ご飯なんていらないよ」
「そんなこと思ってないくせに」
からみついてくる腕をほどきながら、わたしはことさら軽く言った。
耳の奥に聞こえる心臓の音がうるさい。
「思ってるさ」
そう言いながら、レンは、すぐに寝息をたて始めた。
軽い焼きたてのパンにバター、熱い珈琲と、昨日残った野菜スープを温め直していたら、レンが起きてきた。
「良い天気だ」
そう言って向かいに座ったレンは、わたしと同じ匂いがした。
「昨日は、ありがと」
わたしは、お礼を言った。
「久しぶりにぐっすり眠ったよ」
レンは満足げに頬の傷を触りながら言った。
「昨日、言い忘れたが、合格おめでとう」
「ありがと」
わたしは何となく恥ずかしくて、俯きながら、パンを割いた。
「合格祝いだな。何がほしい?」
レンはにやりと笑った。
「え。もらえないよ。こちらがあげなきゃならないくらい」
苦手な数学が人並みの点数になったのは、あの夏、集中的にレンに教えてもらったからだ。
「いいから。年上の男は、何かあげたいもんなんだよ」
「もらえないよ」
「朔――」
「じゃあ……」
わたしは、ためらいながら希望を言った。
「……いいだろう」
彼は面白そうに頷いた。
「その日が楽しみだ」
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
裏切りの代償
志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。
家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。
連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。
しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。
他サイトでも掲載しています。
R15を保険で追加しました。
表紙は写真AC様よりダウンロードしました。
別れてくれない夫は、私を愛していない
abang
恋愛
「私と別れて下さい」
「嫌だ、君と別れる気はない」
誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで……
彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。
「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」
「セレンが熱が出たと……」
そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは?
ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。
その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。
「あなた、お願いだから別れて頂戴」
「絶対に、別れない」
【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?
曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」
エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。
最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。
(王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様)
しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……?
小説家になろう様でも更新中
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました
ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。
それは王家から婚約の打診があったときから
始まった。
体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。
2人は私の異変に気付くこともない。
こんなこと誰にも言えない。
彼の支配から逃れなくてはならないのに
侯爵家のキングは私を放さない。
* 作り話です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる