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水島朔の話 ニ十歳
水島朔の話 ~朝~
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昨日の嵐が嘘みたいに、外は明るい。
窓からは、朝の太陽が差し込んでいた。
遠くから、ひばりの声が聞こえる。
わたしは、ベッドに横になったまま、両手を顔の前にあげた。
わたしの腕と手が、金色の朝日に照らされる。
ああ。生きている。
わたしは大きく息を吸った。
生きているんだ。
遠くから、波の音が聞こえる。
わたしは、すっかり細くなった手と足を、天井に向かって放り上げた。
この身体一つで生きてきた。
この手でご飯を食べ、この足で様々な国のステージを歩いた。
この目でたくさんのものを見た。
母も、父も、叔母も、わたしを置いて死んでしまったが、この身体だけは、ずっと一緒だ。
わたしの死の瞬間まで、一緒にいてくれる。
玄がいたから、わたしは今ここにいる。
たくさんの愛をもらった。
わたしが思うような形にはならなかったが、彼は彼の幸せをつかんだ。
わたしは、わたしの幸せを形づくっていこう。
彼のいるこの世界で。
そして、玄や、玄のお父さんにしてもらったように、今度はわたしが、誰かに返していこう。
この身を使って、彼らのように。
この腕で抱きしめ、愛を伝えよう。
生きること。楽しむこと。笑うこと。愛を込めて命を讃えていこう。
世界は美しく、どこまでも広がっている。
わたしは大きく伸びをした。
急に空腹を覚え、何か朝ご飯を作ろうと、起き上がった。
ベッドからでようとしたわたしを、太い腕が引き留めた。
「起きたか」
「うん」
「久しぶりに、ぐっすり寝た」
レンはそう言って、もう一度わたしをベッドの中に引き戻そうとした。
「朝ご飯をつくるね。もう少し寝ていて」
わたしは急に裸のレンの隣に寝ているのが恥ずかしくて、いそいでベッドから出ようとした。
「朝ご飯なんていらないよ」
「そんなこと思ってないくせに」
からみついてくる腕をほどきながら、わたしはことさら軽く言った。
耳の奥に聞こえる心臓の音がうるさい。
「思ってるさ」
そう言いながら、レンは、すぐに寝息をたて始めた。
軽い焼きたてのパンにバター、熱い珈琲と、昨日残った野菜スープを温め直していたら、レンが起きてきた。
「良い天気だ」
そう言って向かいに座ったレンは、わたしと同じ匂いがした。
「昨日は、ありがと」
わたしは、お礼を言った。
「久しぶりにぐっすり眠ったよ」
レンは満足げに頬の傷を触りながら言った。
「昨日、言い忘れたが、合格おめでとう」
「ありがと」
わたしは何となく恥ずかしくて、俯きながら、パンを割いた。
「合格祝いだな。何がほしい?」
レンはにやりと笑った。
「え。もらえないよ。こちらがあげなきゃならないくらい」
苦手な数学が人並みの点数になったのは、あの夏、集中的にレンに教えてもらったからだ。
「いいから。年上の男は、何かあげたいもんなんだよ」
「もらえないよ」
「朔――」
「じゃあ……」
わたしは、ためらいながら希望を言った。
「……いいだろう」
彼は面白そうに頷いた。
「その日が楽しみだ」
窓からは、朝の太陽が差し込んでいた。
遠くから、ひばりの声が聞こえる。
わたしは、ベッドに横になったまま、両手を顔の前にあげた。
わたしの腕と手が、金色の朝日に照らされる。
ああ。生きている。
わたしは大きく息を吸った。
生きているんだ。
遠くから、波の音が聞こえる。
わたしは、すっかり細くなった手と足を、天井に向かって放り上げた。
この身体一つで生きてきた。
この手でご飯を食べ、この足で様々な国のステージを歩いた。
この目でたくさんのものを見た。
母も、父も、叔母も、わたしを置いて死んでしまったが、この身体だけは、ずっと一緒だ。
わたしの死の瞬間まで、一緒にいてくれる。
玄がいたから、わたしは今ここにいる。
たくさんの愛をもらった。
わたしが思うような形にはならなかったが、彼は彼の幸せをつかんだ。
わたしは、わたしの幸せを形づくっていこう。
彼のいるこの世界で。
そして、玄や、玄のお父さんにしてもらったように、今度はわたしが、誰かに返していこう。
この身を使って、彼らのように。
この腕で抱きしめ、愛を伝えよう。
生きること。楽しむこと。笑うこと。愛を込めて命を讃えていこう。
世界は美しく、どこまでも広がっている。
わたしは大きく伸びをした。
急に空腹を覚え、何か朝ご飯を作ろうと、起き上がった。
ベッドからでようとしたわたしを、太い腕が引き留めた。
「起きたか」
「うん」
「久しぶりに、ぐっすり寝た」
レンはそう言って、もう一度わたしをベッドの中に引き戻そうとした。
「朝ご飯をつくるね。もう少し寝ていて」
わたしは急に裸のレンの隣に寝ているのが恥ずかしくて、いそいでベッドから出ようとした。
「朝ご飯なんていらないよ」
「そんなこと思ってないくせに」
からみついてくる腕をほどきながら、わたしはことさら軽く言った。
耳の奥に聞こえる心臓の音がうるさい。
「思ってるさ」
そう言いながら、レンは、すぐに寝息をたて始めた。
軽い焼きたてのパンにバター、熱い珈琲と、昨日残った野菜スープを温め直していたら、レンが起きてきた。
「良い天気だ」
そう言って向かいに座ったレンは、わたしと同じ匂いがした。
「昨日は、ありがと」
わたしは、お礼を言った。
「久しぶりにぐっすり眠ったよ」
レンは満足げに頬の傷を触りながら言った。
「昨日、言い忘れたが、合格おめでとう」
「ありがと」
わたしは何となく恥ずかしくて、俯きながら、パンを割いた。
「合格祝いだな。何がほしい?」
レンはにやりと笑った。
「え。もらえないよ。こちらがあげなきゃならないくらい」
苦手な数学が人並みの点数になったのは、あの夏、集中的にレンに教えてもらったからだ。
「いいから。年上の男は、何かあげたいもんなんだよ」
「もらえないよ」
「朔――」
「じゃあ……」
わたしは、ためらいながら希望を言った。
「……いいだろう」
彼は面白そうに頷いた。
「その日が楽しみだ」
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