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水島朔 十九歳

水島朔の話 ~契約満了~

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 パリの、ジョーとパウルの家に帰ったわたしは、自分がもう、居候のような、餌をもらっている野良猫のような気持ちになっていないことを発見した。

 わたしは、パリの二人の自宅に、自分の巣を作ることを、自分の荷物を持つことを、自分に許した。

 自分用のコップを買い、図書館で借りていた本は、本屋で買うようになった。

 パウルは、わたしが買い物をするたび、何を買ったか聞きたがり、嬉しそうにわたしの頭をなでた。

 ジョーは、仕事着がほしいと言ったわたしのために、オートクチュールではない、もっとカジュアルなレーベルを立ち上げた。

 レーベルの名は、ジョワの黎明期を支えた女性の名をとり、ダダと名付けられた。

 丈夫な生地と女らしさを兼ね備えた働く女性のためのダダの服は、売れに売れ、瞬く間に世界に広がった。

 ジョーはどんな安価な服にも、自分のポリシーを崩さず、レーベルを展開する国の女性の体型に合わせて、洋服のデザインに少しづつ変化をつけた。




 自分の欲望に素直になったわたしは、改めて、モデルという仕事が、自分に合っていないことを実感していた。

 仕事では、個性を出すよう求められたが、わたしは人に合わせる方が好きだった。

 話すよりも聞く方が、差し出すよりも受け取る方が得意だった。

 元々引っ込み思案なわたしには、日本やアフマドの国のほうが、合っていた。

 パリに帰ってからもアフマドやマリヤムとは、ずっと連絡をとっていた。

 アフマドが何かの仕事のついでに、パリコレのパーティに来たときは、野生の鷹が檻に入れられたようで、おかしくって笑ってしまった。

 ニカブを着ないわたしにアフマドは最初、戸惑ったようだったが、すぐに慣れた。

 アフマドがパリにいる間に、マリヤムも合流し、わたし達はパリのメゾンというメゾンを渡り歩いた。

 もちろん、マリヤムが一番長くいたのは、ジョワの試着室だったことは付け加えておこう。

 先日もらったアフマドのプロポーズは正式なもので、わたしのパリでの後見人、ジョン・マークレーを通された。

 一時期、パリの自宅とジョワのメゾンはバラで埋まったが、アフマドのプロポーズに答えるわけにはいかなかった。

 アフマドの国は、アフマドの国であり、わたしの帰る場所ではなかった。

 玄も、満も日本にいる。

 そして、わたしは、もう少しで二十歳になるのだ。

 中川社長との契約が切れる年がすぐそこに迫っていた。

 パウルは、パリで医大に行った方が、EU圏全ての国で医師免許が使えるので、そっちの方がいいと何度も勧めた。

 だが、わたしは頑として首をタテに振らなかった。

 玄のいる大学の願書はとり寄せている。

 もう少しで、日本に帰って、玄と同じ大学に通い、医師になる勉強ができるのだ。

 そう思っただけで、わたしの心は躍った。

 玄は、期末試験で忙しいのだろうか。

 最近、めっきりメールも電話も減っていた。

 でも、大丈夫。
 
 もう、ずっと一緒にいられる。

 小学生の、あの頃のように。

 わたしは、はやる心を抑えながら、日本行きのチケットを予約した。
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