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水島朔 十九歳
ジョン・マークレーの話 ~お墓~
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翌朝もよく晴れていた。
小さな家では、焼きたてのパンと挽き立てのコーヒーの香りが目覚まし時計代わりになる。
二人が顔を洗っている間に、ベーコンと卵を焼いて、サラダを添えたものに、オイルと醤油をかけた。
朝食を食べ終わると、三人で車に乗り込んだ。
丘を降り、街を抜けると、石造りの小さな教会が見えてきた。
教会の裏手に回ると、草が茂った広い土地が広がっていた。
墓石は、思いかけず人が死んで、あわててその場所を作ったかのように、不規則に置かれていた。
パウルは、まるで、そこに眠っている人々が、ジョーを連れていってしまうかのように、その肩を強く抱いた。
墓石に刻まれた、美しく、愛あふれた別れの言葉を目で追いながら、わたしは二人の後ろを黙ってついていった。
墓地はゆるやかな坂になっており、上った先には、青い海が広がっていた。
「ここだよ」
ジョーは背の高いパウルの腕の中にすっぽり埋もれながら、呟いた。
「いずれわたしはここに眠る。
パウルもそうだ。
朔。君の場所もここにあるよ」
わたしは驚いて、ジョーの顔を見た。
ジョーはパウルに抱かれながら、厚い掌でわたしの顔を包んだ。
青い瞳に、所在なげなわたしの顔が写っていた。
「二十歳になって、日本のエージェントとの契約が切れると聞いている。
フランスのエージェントからも、長期の契約をとらないとも聞いている。
モデルを続ける気がないのも、君が医師になりたいのも知っている。
それがどれだけ本気かも。どんなに忙しくても勉強をかかさないのも見ている。
ジョワとしての朔がほしいんじゃないんだ。
何をしていてもいい。
ただ、君を大切に想っている。
私達は、君を家族と思っている。
それを知っていて欲しい。
どこにいても、何をしても、君はここに帰ってくるんだ。
いいかい?」
最初は何を言っているかわからなかった。
わたしの場所?
わたしの帰る場所?
ジョーが茫然としているわたしをやさしく抱きしめた。
パウルが笑いながら腕をひろげている。
わたしは二人の腕の中に収まった。
二人の背中の向こうに海が見えて、この海が日本につながっていることを、わたしは、はじめて実感した。
両親が眠る海の近くの小さな共同墓地を思い浮かべた。
いいかい? 朔。忘れないんだよ。君は私たちは家族だ。
ジョーは確かめるようにそう言った。
ありがとう
わたしは頷いた。
小さな家では、焼きたてのパンと挽き立てのコーヒーの香りが目覚まし時計代わりになる。
二人が顔を洗っている間に、ベーコンと卵を焼いて、サラダを添えたものに、オイルと醤油をかけた。
朝食を食べ終わると、三人で車に乗り込んだ。
丘を降り、街を抜けると、石造りの小さな教会が見えてきた。
教会の裏手に回ると、草が茂った広い土地が広がっていた。
墓石は、思いかけず人が死んで、あわててその場所を作ったかのように、不規則に置かれていた。
パウルは、まるで、そこに眠っている人々が、ジョーを連れていってしまうかのように、その肩を強く抱いた。
墓石に刻まれた、美しく、愛あふれた別れの言葉を目で追いながら、わたしは二人の後ろを黙ってついていった。
墓地はゆるやかな坂になっており、上った先には、青い海が広がっていた。
「ここだよ」
ジョーは背の高いパウルの腕の中にすっぽり埋もれながら、呟いた。
「いずれわたしはここに眠る。
パウルもそうだ。
朔。君の場所もここにあるよ」
わたしは驚いて、ジョーの顔を見た。
ジョーはパウルに抱かれながら、厚い掌でわたしの顔を包んだ。
青い瞳に、所在なげなわたしの顔が写っていた。
「二十歳になって、日本のエージェントとの契約が切れると聞いている。
フランスのエージェントからも、長期の契約をとらないとも聞いている。
モデルを続ける気がないのも、君が医師になりたいのも知っている。
それがどれだけ本気かも。どんなに忙しくても勉強をかかさないのも見ている。
ジョワとしての朔がほしいんじゃないんだ。
何をしていてもいい。
ただ、君を大切に想っている。
私達は、君を家族と思っている。
それを知っていて欲しい。
どこにいても、何をしても、君はここに帰ってくるんだ。
いいかい?」
最初は何を言っているかわからなかった。
わたしの場所?
わたしの帰る場所?
ジョーが茫然としているわたしをやさしく抱きしめた。
パウルが笑いながら腕をひろげている。
わたしは二人の腕の中に収まった。
二人の背中の向こうに海が見えて、この海が日本につながっていることを、わたしは、はじめて実感した。
両親が眠る海の近くの小さな共同墓地を思い浮かべた。
いいかい? 朔。忘れないんだよ。君は私たちは家族だ。
ジョーは確かめるようにそう言った。
ありがとう
わたしは頷いた。
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