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水島朔 十九歳

ジョン・マークレーの話 ~パリ~

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 大学は、体で覚えた事を言葉にしていく作業だった。

 頭にある絵を、洋服に再現するのに必要な技術を学び、それを効率的に金にする方法を知った。

 成績上位者の特典でパリの分校に留学し、パトロンを見つけ、すぐに自分のブランドを持った。

 あとはコレクション、コレクション、コレクションの毎日だ。

 成功はしたが、ストレスがひどくてね。

 そんな時、ダダがギャングの抗争に巻き込まれ、殺された。

 私は荒れた。

 金がないときは生きるために働く必要があって、荒れた生活をしてると、飯が食えない。

 だけど、金があると始末に負えないというのがわかったよ。

 金を目当てに、ハイエナのような連中が群がってくるんだ。

 荒れた生活が何年か続いたが、ブランドはなんとか持っていた。

 世界経済が好調で、クソみたいな作品でもよく売れたんだ。

「パウルの父親が、こんな小さな彼を」

 そう言ってジョーはテーブルの高さくらいで手を水平に振った。

「私のサロンに連れてきた日を覚えている」

「どうだったの?」

 わたしはジョーを見ながら聞いた。

「美しかったよ」

 ジョーはパウルを見ながら、言った。

「美しかった」

 それを聞くと、パウルはおどけたように笑った。

 顔の造作とか、そう言うものはいいんだ。美しい男は見慣れている。

 そうじゃない。

 何か、魂が、美しいと思った。

 彼の母親が、私のサロンの上得意だったから、パウルは、たびたび私のサロンに来て、ひたむきな愛情と、正直で率直な意見をくれた。

 誰かと損得のない関係は初めてだった。

 父との関係も、ダダとの関係も、恋人との関係も、全てメリットとデメリットが複雑に絡まっていた。

 本当に少しずつだが、荒れた生活が落ち着き、暴力沙汰を起こした恋人との関係が切れた頃、パリで一番の大学を卒業したパウルが、私の生活に入り込んできた。

「それからは、ご存じの通り、規則正しく美しく。無理矢理矯正させられたのさ」

「全然矯正されなかったよ」

 パウルはあきれ顔で、ジョーのブランデーをつぎ足した。

「この私が、二人のために、家を買い、別荘を買い、墓まで買ったんだ。充分だろう」

 お墓? わたしが聞き返した。

「明日、見に行こうか。とても美しい場所にあるんだ」

 ジョーが見たこともない穏やかな顔で言った。
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