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水島朔の話 十七歳
水島朔の話 ~解けた~
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結論から言うと、どこの王様も名刺は持っていなかった。
そのため、数学の問題はわたしの胸に納まったままだった。
解答がひらめいたのは、トイレからパーティ会場に戻る途中の廊下でだった。
九時まであと一時間。
家に帰ったら忘れそうだ。
廊下を見渡すと、警備員らしき人々がうろうろしている他、出席者らしい人は見当たらない。
クロークの人にさりげなくペンを借りて、ペーパーナプキンに計算式を書いた。
おかしい。
わたしは首をひねった。
計算が合わない。
だが、どこがおかしいのかわからない。
わたしは、もう一度計算をし直した。
やっぱり合わない。
「2が違う」
頭の上から低い声が降ってきた。
「え」
夢中で計算していて、人が寄ってきていたのに気がつかなかったらしい。
仕事の最中だというのに……。
わたしはあわててナプキンを隠そうとした。
「そこの2が違うんだ。こうするんだ」
大きな手が、わたしの使っていたペンを取り上げた。
「これがこうなって、こうなる」
左目と頬に大きな切り傷があった。
古い傷なのだろう。傷は白く盛り上がっていた。
傷の奥にあるハシバミ色の目が、楽しそうに数字を追っている。
黒いテールコートは客だろうか。警備員だろうか。
「どうだ?」
彼がようやく顔をあげた。
彫りの深い顔立ちが印象的な男性だった。
初めて見る顔だ。
「あってる」
「そりゃそうだ。これでも数学で学位をとっているんだ」
「次の問題もわかりますか?」
わたしは、もうあきらめかけていた問題を指した。
「ちょっと待って」
ボールペンが、よどみなくペーパーナプキンの上におどった。
「ちょっと君。ナプキンをくれないか」
シャンパンを持ってきたボーイが、あわてて紙ナプキンをひとつかみ渡した。
「あれ? これで良いはずなんだけどな」
「ここの計算は?」
「ああ。違うな。だが、それでも美しい回答にはならない」
彼は何度も書きなおした。
もう少し見ていたかったが、そろそろ仕事に戻らなければならない。
「ごめんなさい。ミスター。そろそろパーティーに戻らなければ」
わたしは、オークで作られた柱時計を見ながら言った。
とりあえず、一問できただけでもヨシとしよう。
「その計算が書かれたペーパーナプキン、いただけますか?」
「もちろん」
彼は、あわててナプキンを取り上げた。
はじめてお互いの目があった。
彼の手からナプキンが滑り落ちた。
もったいない。わたしの今日の復習材料が。
わたしは拾おうと腰をかがめた。
「いや。失礼。わたしが拾おう」
彼はそう言って立ち上がった。
優美なテールコートでも隠せないくらいの、引き締まった体躯が照明を遮った。
身長は二メートルに届くくらいか。
軍人さんかな。
「この問題の方は、いただけるかな。なにぶん、わからない数学に出会うと、解けるまで離したくないほうなんで」
彼はわたしの小さな胸ポケットに収まっていた問題のかかれた紙を持ち上げた。
「わかりますわ」
わたしはそう言って、問題用紙の代わりに、回答の書いてあるペーパーナプキンを小さくたたんで、胸ポケットに入れようとした。
「ちょっと待って。そこにいれるの?」
彼の大きな手がわたしの胸ポケットを差した。
「このドレスの、他のどこにポケットがあると思うんです?」
「確かに」
彼は納得したように頷いた。
彼があんまりにも熱心にこちらの胸のポケット見るので、久しぶりに顔があつくなった。
「あ、失礼」
彼は真っ赤になって横を向いた。
わたしは胸のポケットに、計算が書いてある紙を素早く収めた。
そのため、数学の問題はわたしの胸に納まったままだった。
解答がひらめいたのは、トイレからパーティ会場に戻る途中の廊下でだった。
九時まであと一時間。
家に帰ったら忘れそうだ。
廊下を見渡すと、警備員らしき人々がうろうろしている他、出席者らしい人は見当たらない。
クロークの人にさりげなくペンを借りて、ペーパーナプキンに計算式を書いた。
おかしい。
わたしは首をひねった。
計算が合わない。
だが、どこがおかしいのかわからない。
わたしは、もう一度計算をし直した。
やっぱり合わない。
「2が違う」
頭の上から低い声が降ってきた。
「え」
夢中で計算していて、人が寄ってきていたのに気がつかなかったらしい。
仕事の最中だというのに……。
わたしはあわててナプキンを隠そうとした。
「そこの2が違うんだ。こうするんだ」
大きな手が、わたしの使っていたペンを取り上げた。
「これがこうなって、こうなる」
左目と頬に大きな切り傷があった。
古い傷なのだろう。傷は白く盛り上がっていた。
傷の奥にあるハシバミ色の目が、楽しそうに数字を追っている。
黒いテールコートは客だろうか。警備員だろうか。
「どうだ?」
彼がようやく顔をあげた。
彫りの深い顔立ちが印象的な男性だった。
初めて見る顔だ。
「あってる」
「そりゃそうだ。これでも数学で学位をとっているんだ」
「次の問題もわかりますか?」
わたしは、もうあきらめかけていた問題を指した。
「ちょっと待って」
ボールペンが、よどみなくペーパーナプキンの上におどった。
「ちょっと君。ナプキンをくれないか」
シャンパンを持ってきたボーイが、あわてて紙ナプキンをひとつかみ渡した。
「あれ? これで良いはずなんだけどな」
「ここの計算は?」
「ああ。違うな。だが、それでも美しい回答にはならない」
彼は何度も書きなおした。
もう少し見ていたかったが、そろそろ仕事に戻らなければならない。
「ごめんなさい。ミスター。そろそろパーティーに戻らなければ」
わたしは、オークで作られた柱時計を見ながら言った。
とりあえず、一問できただけでもヨシとしよう。
「その計算が書かれたペーパーナプキン、いただけますか?」
「もちろん」
彼は、あわててナプキンを取り上げた。
はじめてお互いの目があった。
彼の手からナプキンが滑り落ちた。
もったいない。わたしの今日の復習材料が。
わたしは拾おうと腰をかがめた。
「いや。失礼。わたしが拾おう」
彼はそう言って立ち上がった。
優美なテールコートでも隠せないくらいの、引き締まった体躯が照明を遮った。
身長は二メートルに届くくらいか。
軍人さんかな。
「この問題の方は、いただけるかな。なにぶん、わからない数学に出会うと、解けるまで離したくないほうなんで」
彼はわたしの小さな胸ポケットに収まっていた問題のかかれた紙を持ち上げた。
「わかりますわ」
わたしはそう言って、問題用紙の代わりに、回答の書いてあるペーパーナプキンを小さくたたんで、胸ポケットに入れようとした。
「ちょっと待って。そこにいれるの?」
彼の大きな手がわたしの胸ポケットを差した。
「このドレスの、他のどこにポケットがあると思うんです?」
「確かに」
彼は納得したように頷いた。
彼があんまりにも熱心にこちらの胸のポケット見るので、久しぶりに顔があつくなった。
「あ、失礼」
彼は真っ赤になって横を向いた。
わたしは胸のポケットに、計算が書いてある紙を素早く収めた。
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