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水島朔の話 十七歳

水島朔の話 ~地に足~

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 毎日が飛ぶように過ぎたが、コレクションと次のコレクションの合間には、なるべく日本に帰った。

 通信制の高校とは言え、夏休みや冬休みには、まとめて登校し、年齢の違う同級生と体育や音楽をした。

 年齢が違うせいか、あまり会わないせいか、わたしははじめて学校生活をリラックスして楽しんだ。

 日本にいる間は、どんなに夜遅くになっても、毎日のように玄と会った。

 玄は、中学校の頃から、何も変わらなかった。

 穴だらけの左右そろってない半ズボンはいてる中年男って、控えめに言っても、やばいやつじゃねえ?

 最先端だ現代の芸術品だと言われて、目が飛び出るようなが飛び出るような値段のジョン・マークレーの最新コレクションを、彼は麻袋に穴を開けたものと同じに扱った。

 わたしは、そんな玄の感覚に救われた。

 プライベートジェットや運転手付きの送迎が、当たり前の生活。

 家が買えるほどの値段の宝石やドレスを身に着けて、パーティーからパーティーへ飛び回る毎日。

 パリの地下鉄を、最後に乗ったのはいつだったか。わたしは、もう思い出せなかった。

 人前で裸になることも、自分の心をさらけ出すことも、どんどん慣れていく自分が嫌だった。

 ステージに立っていると、カメラのフラッシュがあふれ、自分一人がふわふわと浮かんでいる気がして心許なかった。
 
 でも、日本に帰り、玄と話をしているうちに、地に足がつき、自分の足で歩いている気がした。




 満は『もりしげ』のご飯と規則正しい生活で、すっかり元気になっていた。

 バスケを続けているせいか、177センチのわたしの身長を通り越し、ぱっと見恋人同士のように見られたこともたびたびあった。

 いつだったか、八百吉で買い物をしているところを週刊誌にとられて、彼はひどく憤った。

「八百吉くらい自由に行かせろって。なあ。姉ちゃん」

 難しい年頃だったし、わたしが有名人ということで、いろいろ嫌な思いもしていたようだが、仕事を辞めろとは一度も言わなかった。

 満は、わたし達がどうして『もりしげ』に居ることができるのか。どうしてご飯を食べていけるのかを、忘れていないのだと思った。

 ただ、芸能事務所のスカウトの名刺を、二十センチほどコタツの上に積まれて

「もう、俺も働けるから、本当に嫌だったら、姉ちゃん、やめてもいいんだからな」

 と、真剣な顔をして言われたときは、泣けた。

 

 そんな満も、来年は高校生になる。

 玄と同じ高校へ行くと言う。

「大丈夫なの?」

 テレビを見ながら、コタツで嬉しそうにおやつを食べている弟に、わたしは言った。

 どう見ても、勉強しているとは思えない。

「大丈夫だよ。玄兄ちゃんが勉強教えてくれてんだ」

「姉弟そろって世話になりすぎだわね」

「世話になりすぎて、恩返しとか考えられないから、もういいんじゃない?」

 満は、そう言って笑った。

 その日曜日は、久しぶりのオフだったが、満が給食着を洗濯に出すのを「忘れてた」と言って、何もせず部活に行ってしまったため、洗濯の日とすることにした。

 天気がいい日だった。

 洗濯ものを干していると、遠くに海が光って見えた。

 フランスの彼らの高級アパルトマンは、外に洗濯物を干さないので、お日様の下に干せるのが嬉しかった。

 『もりしげ』の厨房から、昼にだす味噌汁の匂いがする。

 わたしは洗濯ものを干す手を早めた。

 忙しくなる前に、家事を終わらして、店を手伝いたかった。

 モデルの仕事が順調になると、おばさんも繁明さんもオフの日に『もりしげ』を手伝うことを反対した。

 二人は、わたしの体を心配し、とにかく休めとしつこく言ってくれたが、満のことを、実の子のように面倒をみてくれる二人に、できるだけのことはしたかった。

 正直、彼らがいなければ、日本に満を置いて、ジョワと契約を結ぼうとは思わなかっただろう。

 店先に人が並び始めているのが見える。

 わたしは、部屋に戻り、きっちり漂白してある白い割烹着に手を伸ばした。
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