53 / 86
水島朔の話 十六歳
水島朔の話 ~パリ到着~
しおりを挟む
パリに行く当日、空港までは、小山さんが送ってくれた。
一足早く旅立ったマリーとは、借りているロフトで会うことにしている。
飛行機はかなり揺れたが、あまり気にならなかった。
前日、遅くまでテレビの収録が入っており、ほとんど眠れなかったのもあって、わたしは爆睡していたらしい。
衝撃を感じて目を覚ますと、飛行機はフランスに到着していた。
ドゴール空港から地下鉄に乗り、マリーから渡された住所に着いた頃には、すでに日が傾いていた。
歴史を感じさせる、石作りの建物の中に入ると、古びたシャンデリアが出迎えてくれた。
薄暗い廊下の奥には、絨毯が敷かれた螺旋階段が上に伸びている。
ゴトゴトと重たいキャリーバッグを三階まで持ち運ぶ。
おばさんの愛情が、重い。
ようやくドアの前にたどり着いたところで、ほっと一息つく。
玄関の扉には、緑色のペンキが塗られ、金色の錆びたドアノブが、鈍く光っていた。
扉の横にある小さな呼び鈴を鳴らすと、部屋の中からかすかに音が聞こえた。
しばらく待つが、なんの応答もない。
スマホでもう一度住所を確かめた。
マリーが教えてくれた住所と合っている。
わたしは再度、呼び鈴を押した。
呼び鈴は、「ボエエ」と怪しげな音を出しながら、中にいるはずのマリーを呼んでくれた。
なんとなく、扉の向こうで音がするような気がするのだが、待てど暮らせど、扉は開かない。
マリー、出かけたかな。
到着の日付間違えて送ったかな。
不安がピークになった頃、急に扉が開いた。
紫色のナイトガウンを羽織った、すっぴんのマリーが、両手を広げて抱きついてきた。
「朔! 良く来たわね」
「マリー」
わたしはぎゅっとマリーを抱きしめた。
いつもより熱い抱擁をしばらく続け、にこにこしたまま動かないマリーを越えて、わたしは、キャリーバッグともに部屋へ入ろうとした。
「あ、朔。ちょっと待って」
マリーが、わたしの腕をつかんだ。
「え?」
健介が、上半身裸で、ズボンのチャックをあげながら、気まずそうに奥の部屋から出てきた。
健介はマリーの恋人で、喧嘩をするたびわたしが通訳をしながら間に入る仲だった。
「やあ」
「健介さん? なんでパリにいるんですか?」
「健介も一緒に来たの」
背の高い健介の腕に、マリーがすっぽりと収まりながら嬉しそうに言った。
ああ。そうね。
そうともさ。
「いや。ちょっと早いバカンスかな」
健介が、恥ずかしそうに言った。
なるほど。これでは、呼び鈴も聞こえないはずだ。
やれやれ。これから毎日この二人の熱々ぶりを見せられるのか。
わたしがそう思ったのを見透かしたように、健介が言った。
「あ、大丈夫。俺はホテルをとっているんだ。仕事の邪魔はしないよ」
「いや、邪魔じゃないです。それより、わたしの方こそすみません。お二人のお邪魔をしてしまっったようですね」
「おじゃまではないですよ。二人とも変です」
マリーが怒ったように言った。
「じゃあ、僕はホテルに帰るよ。二人とも、パリでの成功を祈る」
「ありがと」
そう言ってマリーは健介に抱きついた。
しばらくイチャイチャしている二人を見ながら、健介のホテルに行くべきは自分かと本気で逡巡した。
健介がそんなわたしに気が付いて、あわてて荷物をとりに奥の部屋へ引っ込んだ。
その夜は、マリーがマルシェで買ってきてくれた材料で、野菜スープを作り、フランスパンで軽い食事をとった。
近くにマルシェがあるのがありがたかった。
『もりしげ』のおばさんでなくとも、食事は基本だ。
久しぶりに会ったので、ゆっくり話したがるマリーに詫びながら、わたしは早めにベッドに入った。
飛行機でかなり眠ったが、まだ眠れた。
うーん。これがいわゆる時差ぼけというやつか。
一足早く旅立ったマリーとは、借りているロフトで会うことにしている。
飛行機はかなり揺れたが、あまり気にならなかった。
前日、遅くまでテレビの収録が入っており、ほとんど眠れなかったのもあって、わたしは爆睡していたらしい。
衝撃を感じて目を覚ますと、飛行機はフランスに到着していた。
ドゴール空港から地下鉄に乗り、マリーから渡された住所に着いた頃には、すでに日が傾いていた。
歴史を感じさせる、石作りの建物の中に入ると、古びたシャンデリアが出迎えてくれた。
薄暗い廊下の奥には、絨毯が敷かれた螺旋階段が上に伸びている。
ゴトゴトと重たいキャリーバッグを三階まで持ち運ぶ。
おばさんの愛情が、重い。
ようやくドアの前にたどり着いたところで、ほっと一息つく。
玄関の扉には、緑色のペンキが塗られ、金色の錆びたドアノブが、鈍く光っていた。
扉の横にある小さな呼び鈴を鳴らすと、部屋の中からかすかに音が聞こえた。
しばらく待つが、なんの応答もない。
スマホでもう一度住所を確かめた。
マリーが教えてくれた住所と合っている。
わたしは再度、呼び鈴を押した。
呼び鈴は、「ボエエ」と怪しげな音を出しながら、中にいるはずのマリーを呼んでくれた。
なんとなく、扉の向こうで音がするような気がするのだが、待てど暮らせど、扉は開かない。
マリー、出かけたかな。
到着の日付間違えて送ったかな。
不安がピークになった頃、急に扉が開いた。
紫色のナイトガウンを羽織った、すっぴんのマリーが、両手を広げて抱きついてきた。
「朔! 良く来たわね」
「マリー」
わたしはぎゅっとマリーを抱きしめた。
いつもより熱い抱擁をしばらく続け、にこにこしたまま動かないマリーを越えて、わたしは、キャリーバッグともに部屋へ入ろうとした。
「あ、朔。ちょっと待って」
マリーが、わたしの腕をつかんだ。
「え?」
健介が、上半身裸で、ズボンのチャックをあげながら、気まずそうに奥の部屋から出てきた。
健介はマリーの恋人で、喧嘩をするたびわたしが通訳をしながら間に入る仲だった。
「やあ」
「健介さん? なんでパリにいるんですか?」
「健介も一緒に来たの」
背の高い健介の腕に、マリーがすっぽりと収まりながら嬉しそうに言った。
ああ。そうね。
そうともさ。
「いや。ちょっと早いバカンスかな」
健介が、恥ずかしそうに言った。
なるほど。これでは、呼び鈴も聞こえないはずだ。
やれやれ。これから毎日この二人の熱々ぶりを見せられるのか。
わたしがそう思ったのを見透かしたように、健介が言った。
「あ、大丈夫。俺はホテルをとっているんだ。仕事の邪魔はしないよ」
「いや、邪魔じゃないです。それより、わたしの方こそすみません。お二人のお邪魔をしてしまっったようですね」
「おじゃまではないですよ。二人とも変です」
マリーが怒ったように言った。
「じゃあ、僕はホテルに帰るよ。二人とも、パリでの成功を祈る」
「ありがと」
そう言ってマリーは健介に抱きついた。
しばらくイチャイチャしている二人を見ながら、健介のホテルに行くべきは自分かと本気で逡巡した。
健介がそんなわたしに気が付いて、あわてて荷物をとりに奥の部屋へ引っ込んだ。
その夜は、マリーがマルシェで買ってきてくれた材料で、野菜スープを作り、フランスパンで軽い食事をとった。
近くにマルシェがあるのがありがたかった。
『もりしげ』のおばさんでなくとも、食事は基本だ。
久しぶりに会ったので、ゆっくり話したがるマリーに詫びながら、わたしは早めにベッドに入った。
飛行機でかなり眠ったが、まだ眠れた。
うーん。これがいわゆる時差ぼけというやつか。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
14
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる