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水島朔の話 中学

水島朔の話 ~金メダル~

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 満は笑顔で帰ってきた。

 ぴかぴかの金メダルを写真の前に置くと、倒れ込むように布団に潜り込んだ。

 わたしは、施設の話をするのが、少しでも延びたことにほっとして、満の布団が規則正しく上下するのを見ながら、冷めた白湯をすすっていた。

 控えめな、小さなノックが聞こえて、ドアを開けると、五郎さんが、白い大きな箱を持って立っていた。

 ケーキ屋の五郎さんは、クリスマスのバイト以来、道で会ったときに声をかけてくれたり、大家のおばあちゃんを通して他のバイト先を紹介してくれたりと、何かと気にかけてくれていた。

「このたびはご愁傷さまで」

 子どものわたしに、五郎さんは、深々と頭を下げた。

 わたしは、慌ててぺこんと頭を下げた。

 どういたしまして?

 ありがとうございます?

 こんな時は、なんと言うのが正解なんだろう。

 わたしがしどろもどろしていると、五郎さんが持っていた白い大きな箱を差し出した。

「これ、叔母さんにお供えして。その後、満君と食べて」

「ありがとうございます」

 受け取った大きな箱の中からは、お菓子のいい匂いがした。

「誰か親戚の人とかきているのか?」

 五郎さんが、狭いアパートの部屋を覗いた。

 わたしは、首を振った。

「そうか。これから」

 と言って、五郎さんは口をつぐんだ。

 これからどうするんだ。

 と聞こうとしたのだと思う。でも、聞かなかった。

 それはそうだ。大人がそれを聞くと言うことは、わたし達に関わろうという意思の表れだ。

 聞くだけなら聞かないでいてくれた方がありがたい。

 だって、何も決まっていないのだから。

「赤ちゃんは?」

 わたしは、まだ産まれても居ない時から用意されていた、あのベビーベッドを思い浮かべながら聞いた。

「ああ、元気だ」

 五郎さんが申し訳なさそうに、少し笑った。

「よかった」

 わたしも笑った。

「また、バイト頼むな」

「はい。また、よろしくお願いします」

 わたしは、深々と頭を下げた。

 五郎さんが帰った後、箱を開けると、日持ちのする焼き菓子がぎゅうぎゅうと詰められていて、端っこには白い封筒に入ったお金が挟まっていた。

 正直ありがたかった。

 おばさんの貯金は下ろせなくなっていて、両親のお墓は遠く、往復の電車賃も、思ったよりかかっていた。

 施設に入ったらそんな心配もないのだろうが。

 どうしても満と離れることは考えられなかった。

 明後日には役所の人が来て、引っ越しの手続きなどをするという。

 考えろ。

 考えろ。

 クローバーの名刺の人が、必ず「わたしを欲しい」と思うようにするために。

 わたしは、何枚もある名刺をもう一度、裏も表も一枚一枚見直した。

 手書きの携帯番号が書いてある名刺は、一枚しかなかった。

 浮き出るように四葉のクローバー印刷された名刺には「取締役社長 中川善之助」と書かれていた。

 名前も人が良さそうだ。

 仕立ての良いスーツを着ていた優しい目をした男の人だった。

 結婚指輪が、その指に、はまっていたかどうかまでは、覚えていない。

 子ども二人の面倒をみるのは、並の決断じゃない。

 わたしは、叔母が残したドレッサーの引き出しを開けた。

 叔母の使いかけの化粧品がいくつもでてきた。

 試しに口紅を引いてみたが、唇ばかりが浮いて見える。

 化粧はしない方が無難だった。

 曇った鏡に映る自分の顔は、やつれて見える。

 何かが足りない。

 わたしを売り込む何かが。

 わたしはじっと名刺の山を眺めた。
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