王妃 ジョア~日本人水島朔が王妃と呼ばれるまでの物語 ~

ぺんぎん

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水島朔の話 中学

水島朔の話 ~運動会~

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 次の日、満が学校へ行ってすぐ、車がアパートの下に止まった。

「あら、弟さんは?」

 昨日の女の人が、一人で立っているわたしを見とがめて言った。

「すみません。今日は、わたしだけでいいですか」

「いいけど、こちらも、あなたたちにとれる時間は、そんなにないんだけど」

 これだから、子供は。

 言外の声が聞こえた気がした。

「すみません」

「しょうがないわね。時間がないわ。行きましょう」

 女の人は、急かすようにわたしを車の後部座席に乗せた。

 運転席には、若い男の人がいて「やあ」と小さく手を上げた。

「だして」

 女の人が、助手席に乗り込むなり、車はエンジン音を高く立てて、出発した。

 アパートはみるみる小さくなり、車から見ると、見慣れた商店街が、とても小さく見えた。

「高速に乗るからね。シートベルトは、しているわね」

「はい」

 そんなに遠くに行くのか。

 わたしは、もう一度窓の外を見た。

 車が走り出してまだ間もないのに、もう、知っている風景はどこにもなかった。

「ホントは、もう少し今のところから近くにもあるんだけど、どこも定員いっぱいであふれてるのよ」

「ほんとにな。でも、今日紹介するところは、めずらしく空きが出たんだ。同じ年くらいの子も結構いるかな」

 わたしは、黙って二人の会話を聞いていた。
 
 そのうち、昨日眠れなかったツケが回ってきたのか、うとうととし始めて、起こされたときにはもう着いていた。

「所長を呼んでくるから。待っていて」

 女の人がばたんと大きな音を立てて車のドアを閉めた。

 辺りをぐるりと見渡すと、コンクリートの建物と小さな庭を取り囲むように大きな塀と有刺鉄線が張り巡らされている。

「ああ、あれ? 君らのためだよ。たまに子どもを取り返しにこようと入ってくる親が多くてね」

 わたしがじっと塀をみていたら、運転をしてくれていた男の人がそう言った。

「朔ちゃん。こっち入って」

 女の人が、玄関前で手招きをしていた。

 玄関に近づくと、所長と紹介された小柄な女性が立っていて、笑顔で出迎えてくれた。

「ここの所長をしています。いま、皆学校へ行っているから、お部屋を見ながらお話しましょうか」

 天気の良い日だった。

 新緑の木漏れ日が、建物に入ってきて、明るい印象を与えてくれた。

 日当たりの良い部屋は、二段ベッドが備え付けられていて、マットレスが二つ部屋の隅に立てかけられている。

 不思議に思って見ていると、所長さんが説明してくれた。

「ここは四人部屋なんだけど、今は六人で入ってもらっているのよ」

「いや、ここはまだいいですよ。部屋も綺麗だし。もう一つの施設はもう一人くらい、いれてますね。大丈夫。あなたもすぐに皆慣れるわ」

 女の人がきびきびと言った。

「もう一つ?」

「そう。あなたと弟君。一緒のとこには入れなくてね、なるべく近いとこにしたから、休みの日とかは会えるんじゃないかな」

 がんがんと耳に響く心臓の音がうるさかった。

「一応こっちはあなたが入るところ。女の子の空きがこっちしかなくて、男の子はもう一つの施設になってしまうのよ」

 満が入るという建物は住宅街にあり、さっき見たところより日当たりが悪かった。

 一部屋にマットレスがベッドの他に三つ立てかけてあった。

 この部屋に七人もどうやって眠るのだろう。

 治療はどうなる?

 玄のお父さんのところは遠くて通えない。

 運動会を楽しみに、輝くばかりの笑顔で出て行った満の顔が浮かんでは消えた。
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