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水島朔の話 中学
水島朔の話 ~叔母の帰宅~
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最初の異変に気づいたのは、満だった。
「なんか、叔母さん、帰ってこなくね?」
「そういえば、そうね。この間帰ってきたのっていつだっけ?」
「二週間前」
「よく覚えているわね」
「うん。俺の薬がなくなると、叔母さん帰ってくるんだよね。病院行ってるか? とか聞いてくるし、通院にあわせて帰ってくるのかなって思ってたもん」
確かに。
あの人は、口にしないが、それなりに、わたし達を気にかけてくれるのはわかる。
「まあ、今の彼氏とうまくいっているみたいだし、俺らも大きくなったから、こんなもんなのかもしれないけどね」
「そうね」
そう言いつつ、重たいものが胸の辺りに広がった。
アルバイトのお金を貯めていたので、当面食費はなんとかなりそうだけれど、学校の教材費や野外活動の費用が気になった。
手続きをしているから、役所から、お金は振り込まれていると思うけれど、叔母が銀行に行って、そのためのお金を下ろして、わたし達に渡してくれるとは思えなかった。
しょうがない。
わたしは、嬉しそうに図書館の本を読んでいる満を見て、そっとため息をついた。
野外活動は欠席、教材費は、食費から出すしかなかった。
叔母は、それから一週間たっても帰ってこなかった。
さすがにそんなことは初めてで、わたしは、毎日、叔母の置いていった「どうしてもの時用」の電話番号の紙を、洋服ダンスの引き出しから出して見ては、元に戻した。
一度芽吹いた不安は、どんどん大きくなった。
「玄」
珍しく一人でゴミ捨てに行っていた玄を見つけて、わたしは思わず声をかけていた。
「どうしたんだよ」
玄は、ゴミ箱を置くとわたしの顔をのぞき込んだ。
「ごめん。今日は、図書館行けない」
「なんかあったのか?」
あの日、満を入院させた時と同じ、心配そうな声だった。
わたしは、誰にも言えなかった不安を、思わず呟いた。
「叔母さんが、帰って来ないの」
「帰ってこないのなんて、いつものことだろ」
玄は、何だそんなこと。と言った。
「でも、もう三週間も帰ってきてないの。こんなこと初めてなんだよね。どうしよう……警察とか行った方がいいのかなあ? 余計なことをしてって言われるかも知れないし……」
「大丈夫だよ。職場とかは? その彼氏の電話とか知らねえの?」
「うん。叔母さんの携帯の電話番号だけは知ってて、どうしても。どうしてもの時だけ、かけていいって言われてるんだけど、今のタイミングでかけていいかどうか、わからないし」
喉にあった大きな熱い塊が目にあふれ出た。
うつむいた先に、玄の顔があった。
玄の背が伸びたとはいえ、わたしも伸びたので、身長差は、あまり変わっていなかった。その心配そうな顔も。
「大丈夫だよ。いつものように帰ってくるさ。今日、俺、塾も休みだからさ、部活終わったらお前の家に行くよ。満に届けたいものもあるしさ」
わたしは頷いた。
玄は、約束通り家に来てくれて、満に自分が遊び終わったというゲームソフトを持ってきてくれた。
家にゲーム機本体もテレビもないのに、どうしてゲームソフトが必要なのかわからなかったが、友達の家でやるらしい。
「姉ちゃん、ギブアンドテイクってやつだよ」
「あんたねえ。玄に悪いよ」
「いいんだよ。どうせ俺はほとんどやらないし。というかやれないし。中学生になってから、さすがに母親も本気モードになってて、ちょっと怖いくらいだよ」
玄は、美味しそうに、わたしの出した白湯をすすった。
満は、姉のわたしとは違って、学校でも人気者らしく、いつも何人もの友達一緒に、楽しそうに笑いあって帰ってきていた。
「兄ちゃん、ここさあ、教えて」
満が、算数の宿題を広げながら玄に聞いた。
「俺より姉ちゃんの方が優秀だぜ」
玄は、そう言いながら教科書を自分の方に引き寄せた。
「やだよ、姉ちゃんすぐ怒るんだもん。兄ちゃんの方がいいよ」
「朔でも怒るんだ」
「怒るよ。怒るよ。学校での姉ちゃんがどうだか知らないけど、家ではひどいよ」
「満が夜更かしするから」
玄が笑った。
わたし達も笑った。
「なんか、叔母さん、帰ってこなくね?」
「そういえば、そうね。この間帰ってきたのっていつだっけ?」
「二週間前」
「よく覚えているわね」
「うん。俺の薬がなくなると、叔母さん帰ってくるんだよね。病院行ってるか? とか聞いてくるし、通院にあわせて帰ってくるのかなって思ってたもん」
確かに。
あの人は、口にしないが、それなりに、わたし達を気にかけてくれるのはわかる。
「まあ、今の彼氏とうまくいっているみたいだし、俺らも大きくなったから、こんなもんなのかもしれないけどね」
「そうね」
そう言いつつ、重たいものが胸の辺りに広がった。
アルバイトのお金を貯めていたので、当面食費はなんとかなりそうだけれど、学校の教材費や野外活動の費用が気になった。
手続きをしているから、役所から、お金は振り込まれていると思うけれど、叔母が銀行に行って、そのためのお金を下ろして、わたし達に渡してくれるとは思えなかった。
しょうがない。
わたしは、嬉しそうに図書館の本を読んでいる満を見て、そっとため息をついた。
野外活動は欠席、教材費は、食費から出すしかなかった。
叔母は、それから一週間たっても帰ってこなかった。
さすがにそんなことは初めてで、わたしは、毎日、叔母の置いていった「どうしてもの時用」の電話番号の紙を、洋服ダンスの引き出しから出して見ては、元に戻した。
一度芽吹いた不安は、どんどん大きくなった。
「玄」
珍しく一人でゴミ捨てに行っていた玄を見つけて、わたしは思わず声をかけていた。
「どうしたんだよ」
玄は、ゴミ箱を置くとわたしの顔をのぞき込んだ。
「ごめん。今日は、図書館行けない」
「なんかあったのか?」
あの日、満を入院させた時と同じ、心配そうな声だった。
わたしは、誰にも言えなかった不安を、思わず呟いた。
「叔母さんが、帰って来ないの」
「帰ってこないのなんて、いつものことだろ」
玄は、何だそんなこと。と言った。
「でも、もう三週間も帰ってきてないの。こんなこと初めてなんだよね。どうしよう……警察とか行った方がいいのかなあ? 余計なことをしてって言われるかも知れないし……」
「大丈夫だよ。職場とかは? その彼氏の電話とか知らねえの?」
「うん。叔母さんの携帯の電話番号だけは知ってて、どうしても。どうしてもの時だけ、かけていいって言われてるんだけど、今のタイミングでかけていいかどうか、わからないし」
喉にあった大きな熱い塊が目にあふれ出た。
うつむいた先に、玄の顔があった。
玄の背が伸びたとはいえ、わたしも伸びたので、身長差は、あまり変わっていなかった。その心配そうな顔も。
「大丈夫だよ。いつものように帰ってくるさ。今日、俺、塾も休みだからさ、部活終わったらお前の家に行くよ。満に届けたいものもあるしさ」
わたしは頷いた。
玄は、約束通り家に来てくれて、満に自分が遊び終わったというゲームソフトを持ってきてくれた。
家にゲーム機本体もテレビもないのに、どうしてゲームソフトが必要なのかわからなかったが、友達の家でやるらしい。
「姉ちゃん、ギブアンドテイクってやつだよ」
「あんたねえ。玄に悪いよ」
「いいんだよ。どうせ俺はほとんどやらないし。というかやれないし。中学生になってから、さすがに母親も本気モードになってて、ちょっと怖いくらいだよ」
玄は、美味しそうに、わたしの出した白湯をすすった。
満は、姉のわたしとは違って、学校でも人気者らしく、いつも何人もの友達一緒に、楽しそうに笑いあって帰ってきていた。
「兄ちゃん、ここさあ、教えて」
満が、算数の宿題を広げながら玄に聞いた。
「俺より姉ちゃんの方が優秀だぜ」
玄は、そう言いながら教科書を自分の方に引き寄せた。
「やだよ、姉ちゃんすぐ怒るんだもん。兄ちゃんの方がいいよ」
「朔でも怒るんだ」
「怒るよ。怒るよ。学校での姉ちゃんがどうだか知らないけど、家ではひどいよ」
「満が夜更かしするから」
玄が笑った。
わたし達も笑った。
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お気に入りのご登録本当にありがとうございます。とても嬉しいです。励みになりました。読んでくださって本当にありがとうございました。急に暑くなったり寒くなったりだと思います。お身体お大事になさってください。
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