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水島朔の話 叔母の家
水島朔の話 ~クリスマス~
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次の日の朝、起きられるか不安で夜中何度も起きたが、無事に朝四時に五郎さんの店に着くことができた。
五郎さんは、朝ご飯を準備してくれていて、わたしは、あたたかなカップスープというものを初めて飲んだ。
パンが浸してあるそれは、とても美味しかった。
「今日も、昨日と同じ感じで。延々と続くから。よろしくな」
朝ご飯が済むと、五郎さんは厨房に引っ込んだ。
箱を組み立てていた時、居間の電話がなった。
「ごめん。朔ちゃん電話とって」
厨房から声が聞こえた。
「もしもし」
「あ、五郎? 産まれたよ。女の子だよ」
女の人の声だった。
「今、変わります」
わたしは、あわてて厨房に駆け込んだ。
「五郎さん。産まれたって」
「なに」
五郎さんは真っ白な手を拭きもせず受話器を握った。
「もしもし。うん。そうか。そうか。うん。うん。ありがとう」
五郎さんが、泣きながら頷いていた。
「クリスマス生まれだな」
受話器を置くと、五郎さんは、にかっと笑った。
「おはよ――。朔ちゃん」
ぼさぼさ頭をなでつけながら、昨日の若い男の人が、店の裏口から入ってきた。
「遅いぞ。伊吹」
五郎さんが、涙を拭きながら立ち上がった。
あとは、忙しくてよく覚えていない。
夜の八時閉店後、五郎さんに茶色の封筒を渡された。
「ほんっとに助かった。また何かあったら来て。実は、ばあちゃんから紹介された時は、半信半疑だったけど、朔ちゃん、働いてくれてすごい助かったよ」
「いや、ほんと。小学生働かせるのって、ぎりぎりだよね。五郎さん」
伊吹さんが、ふらふらと厨房の椅子に座り込みながら言った。
「そんなことないんです。わたしこそ、本当に助かりました」
わたしは、そう言って頭を下げた。
店のショーケースをちらりと見ると、何も残っていなかった。
病院にいる満にケーキを持っていって行きたかったが、諦めるしかなかった。
「今日は、家族でクリスマスするの?」
伊吹さんが、聞いた。
「いえ。弟が入院しているので、退院してからにします」
わたしは、手の中にある茶色の袋を握りしめた。
クリスマスプレゼントは何にしよう。
ケーキを買えなくても、プレゼントは買える。
「あ、そうなの」
伊吹さんは、微妙な顔をした。
「本当にありがとうございました」
わたしが、もう一度お礼を言い、店を出ようとすると、五郎さんが白い箱を手に持たせてくれた。
「クリスマスおめでとう。またお願い」
「はい」
わたしは嬉しくて、笑いながら店を出た。
「結構、遅くまでやってんじゃん」
店の前で、玄が立っていた。
いつからいたのだろう。
降りだしていた雪が、うっすら頭に積もっている。
「玄。どうしたの? 塾の帰り?」
「まあね。どうせ病院行くんだろ? 一緒帰ろう」
「……うん」
「どうだった? バイト」
「すっごい楽しかった。生まれてから、あんなにケーキを見たことなかった」
「ケーキ屋さんになりたくなった?」
玄は、からかうように聞いた。
「いや、お医者さんになりたいね」
断固として。
わたしは、言った。
「大丈夫だよ。なれるよ。最近、お前の方が、成績いいもんな」
「そんなことないです。先生が良いからです」
「俺だって必死よ」
笑いながら、玄はリボンのついた紙袋をよこした。
「はい。クリスマスプレゼント」
「え。わたしに? え? だって、わたし準備してない」
「誰がお前から、何かもらおうと思うかよ。いいから開けてみ」
渡された重い袋を開けると、文房具とノートがどっさりと入っていた。
「ホントは、女の子が喜びそうなものやりたかったんだけど、お前はこっちの方が嬉しいと思ってさ」
感動して何も言えないわたしを見て、玄が恥ずかしそうに言った。
「お前、俺の問題集の端にめっちゃ計算書いて消してるだろ。消さなくていいから。それと、授業のノートを学校のプリントの裏紙に書くのやめろ。それだけでだいぶ普通に見えるから」
「何かおかしいかな?」
ノートを買うお金がもったいないからそうしているんだけど、何がおかしいのかわからない。
「おかしかねえけど、おかしい」
そうだったのか。
「提出するノートは、買ってるよ」
「いいから。また来年もそれにしてやるから、遠慮なくそれを使え」
わたしは、玄がどうして女の子にあんなにも人気があるのか、わかった気がした。
五郎さんは、朝ご飯を準備してくれていて、わたしは、あたたかなカップスープというものを初めて飲んだ。
パンが浸してあるそれは、とても美味しかった。
「今日も、昨日と同じ感じで。延々と続くから。よろしくな」
朝ご飯が済むと、五郎さんは厨房に引っ込んだ。
箱を組み立てていた時、居間の電話がなった。
「ごめん。朔ちゃん電話とって」
厨房から声が聞こえた。
「もしもし」
「あ、五郎? 産まれたよ。女の子だよ」
女の人の声だった。
「今、変わります」
わたしは、あわてて厨房に駆け込んだ。
「五郎さん。産まれたって」
「なに」
五郎さんは真っ白な手を拭きもせず受話器を握った。
「もしもし。うん。そうか。そうか。うん。うん。ありがとう」
五郎さんが、泣きながら頷いていた。
「クリスマス生まれだな」
受話器を置くと、五郎さんは、にかっと笑った。
「おはよ――。朔ちゃん」
ぼさぼさ頭をなでつけながら、昨日の若い男の人が、店の裏口から入ってきた。
「遅いぞ。伊吹」
五郎さんが、涙を拭きながら立ち上がった。
あとは、忙しくてよく覚えていない。
夜の八時閉店後、五郎さんに茶色の封筒を渡された。
「ほんっとに助かった。また何かあったら来て。実は、ばあちゃんから紹介された時は、半信半疑だったけど、朔ちゃん、働いてくれてすごい助かったよ」
「いや、ほんと。小学生働かせるのって、ぎりぎりだよね。五郎さん」
伊吹さんが、ふらふらと厨房の椅子に座り込みながら言った。
「そんなことないんです。わたしこそ、本当に助かりました」
わたしは、そう言って頭を下げた。
店のショーケースをちらりと見ると、何も残っていなかった。
病院にいる満にケーキを持っていって行きたかったが、諦めるしかなかった。
「今日は、家族でクリスマスするの?」
伊吹さんが、聞いた。
「いえ。弟が入院しているので、退院してからにします」
わたしは、手の中にある茶色の袋を握りしめた。
クリスマスプレゼントは何にしよう。
ケーキを買えなくても、プレゼントは買える。
「あ、そうなの」
伊吹さんは、微妙な顔をした。
「本当にありがとうございました」
わたしが、もう一度お礼を言い、店を出ようとすると、五郎さんが白い箱を手に持たせてくれた。
「クリスマスおめでとう。またお願い」
「はい」
わたしは嬉しくて、笑いながら店を出た。
「結構、遅くまでやってんじゃん」
店の前で、玄が立っていた。
いつからいたのだろう。
降りだしていた雪が、うっすら頭に積もっている。
「玄。どうしたの? 塾の帰り?」
「まあね。どうせ病院行くんだろ? 一緒帰ろう」
「……うん」
「どうだった? バイト」
「すっごい楽しかった。生まれてから、あんなにケーキを見たことなかった」
「ケーキ屋さんになりたくなった?」
玄は、からかうように聞いた。
「いや、お医者さんになりたいね」
断固として。
わたしは、言った。
「大丈夫だよ。なれるよ。最近、お前の方が、成績いいもんな」
「そんなことないです。先生が良いからです」
「俺だって必死よ」
笑いながら、玄はリボンのついた紙袋をよこした。
「はい。クリスマスプレゼント」
「え。わたしに? え? だって、わたし準備してない」
「誰がお前から、何かもらおうと思うかよ。いいから開けてみ」
渡された重い袋を開けると、文房具とノートがどっさりと入っていた。
「ホントは、女の子が喜びそうなものやりたかったんだけど、お前はこっちの方が嬉しいと思ってさ」
感動して何も言えないわたしを見て、玄が恥ずかしそうに言った。
「お前、俺の問題集の端にめっちゃ計算書いて消してるだろ。消さなくていいから。それと、授業のノートを学校のプリントの裏紙に書くのやめろ。それだけでだいぶ普通に見えるから」
「何かおかしいかな?」
ノートを買うお金がもったいないからそうしているんだけど、何がおかしいのかわからない。
「おかしかねえけど、おかしい」
そうだったのか。
「提出するノートは、買ってるよ」
「いいから。また来年もそれにしてやるから、遠慮なくそれを使え」
わたしは、玄がどうして女の子にあんなにも人気があるのか、わかった気がした。
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