王妃 ジョア~日本人水島朔が王妃と呼ばれるまでの物語 ~

ぺんぎん

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水島朔の話 叔母の家

水島朔の話 ~五郎~

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 週末、朝五時きっかりに紹介された五郎さんのケーキ屋さんを訪ねると、背が高く、引き締まった体をした男の人が出てきた。

 眼光が鋭く、ケーキ屋さんと言うより、殺し屋さんと紹介された方がまだ納得がいく風貌だった。

「ああ、朔ちゃんだね。朝早くから悪いな。時間通りで助かるよ。早速なんだけど、この箱を全部組み立てて」

 通された部屋には、入りきらないくらいの段ボール箱が積んであった。

「全部組み立てるんですか?」

「そう。全部」

 最初はひとつひとつ組み立てていたが、そのうち、同じパーツだけを組み立てる方法の方が早いのがわかって、格段に作業がはかどった。

 ただの厚紙が、シンプルな美しい箱になっていく作業は楽しかった。わたしは夢中になって組み立てていった。

「こっちも頼む」

 五郎さんが美味しそうな焼き菓子を並べたプラスチックの大きな箱を何個も部屋の隅に並べていった。

「これをこの箱にこんな風に違う種類を順番に詰めて」

 ごつごつした五郎さんの大きな手が、これ以上ない優しさで、焼き菓子を詰めていく。

「はい」

 わたしは指定された箱の中に、言われた順番を間違えないように、そっと詰めていった。

 お昼をまわる頃、ようやく箱を全部組み立て、焼き菓子も詰め終わった。

 厨房には見たことのないような美しいケーキが所狭しと並んでいる。

「終わったら、お昼食べて。そこの階段から上って、テーブルの上に置いといたから」

「ありがとうございます」

 二階に上がると、大きなテレビがつけっぱなしになっており、あたたかな天丼が、湯気をたててお味噌汁と一緒に置かれていた。

「いただきます」
 
 一口食べると、天丼の甘い醤油味が、口いっぱいに広がる。

 テレビの中では、タレント達が、旅先での料理を紹介していた。

 部屋の隅には、小さなベビーベッドが置かれ、天井からぶら下がった小さな人形が、その上を楽しそうにくるくると回っている。

 テレビのお陰か、わたしは久しぶりに寂しくなくご飯を食べることができた。

 大人になったら、買うものリストに入れよう。

 食べ終わった皿を洗って、急いで下に行くと、五郎さんがケーキの仕上げをしているところだった。

「早いね。これ洗って」

「はい」

 洗い物は山と積まれ、わたしは次々と出る洗い物を片付けていった。

「店長。四号ホールケーキ足りません」

 店の方から、売り子をしていた若い男の人が顔を覗かせた。わたしを見ると驚いたように目を見開いた。

「今できた。これ持ってけ。何ぼさっとしている」

「あ、はい。すみません」

 男の人はそう言うと、美しいケーキを並べたバッドを器用に持っていった。

 それからは、よく覚えていない。

 ひたすら洗い物をして、ひたすら箱に詰めた気がする。

 次々とその箱がなくなって行く頃にはとっぷり日が暮れていた。

「朔ちゃん。明日、四時にこれる?」

 帰り際、五郎さんが椅子に座り込みながら言った。

「はい。大丈夫です」

「名前、なんて言うの?」

 さっきの若い男の人が、白いエプロンを外しながら聞いてきた。

「水島朔です」

「高校生? どこの高校? 美人だね」

 どこから訂正すればいいのかわからず、黙っていたら、五郎さんがぱこっと男の人の頭を叩いた。

「やめろ莫迦。手えだしたら殺すぞ」

「そんなことしないですって。で、どこの高校?」

「高校生じゃありません」

「え? 大学生?」

「いえ。小学生です」

「え」

 口を開けたまま閉じない彼の頭を、五郎さんはもう一度叩くと

「この莫迦のこと気にしないで。もう帰っていいから。気をつけて。遅くまでごめんね。おばあちゃんによろしくな」

 と言った。

 店を出ると昨日の雪はとっくに溶けて、アスファルトが濡れていた。

 商店街はどこもクリスマスのイルミネーションで明るく輝いていた。

 毎年クリスマスが来るのが嫌だった。両親が亡くなってからは、ぱたりとサンタは来なくなった。

 わたしが持っているもので、満の枕元に置かれている靴下に入れられるものは何もなかった。

 でも、今年は違う。

 もしかしたらケーキが買えるかもしれないのだ。

 しかもあんなに綺麗なケーキが。

 そう思うと、立ち通しで、じんじんとしびれた足の痛みも気にならなかった。
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