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水島朔の話 叔母の家

水島朔の話 ~雪~

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 叔母は病室の中だというのに、廊下まで聞こえる甲高い声で笑い、説明した若い医者に、自分が勤めている店の名前が書いてある名刺を渡した。

 わたしはその場から消えたいくらい恥ずかしかったが、元気そうに笑う満を見て、そんなことは、どうでも良いことに思えた。

 ケースワーカーの高橋さんは、叔母さんの姿に少しも驚かず、手続きをめんどくさがる叔母さんに淡々と説明した。

「あなたが手続きしないと、法律的な手段に訴えることになりますよ」

「しないって言ってないでしょ。するわよ。すればいいんでしょ」

 わたしの安堵が見えたのか、高橋さんは、いたずらっ子のように、目配せしながら笑いかけてくれた。

 叔母が本当に手続きをするのか心配だったわたしは、一緒に役所へ行き、うろうろする叔母を引っ張りながら、何とか手続きを終えた。

 これで病院へ行ける。わたしは、ほっとした。

 叔母は、役所からそのまま自分の職場へ向かい、わたしは一人で家に帰った。

 階段を上ろうとすると、大家さんのおばあちゃんが声をかけてくれた。

 もう八十近いおばあちゃんは、わたし達の事情もよく知っていて、孫が着なくなったというお洋服とか、賞味期限切れ間近の食材とかを分けてくれて、ずいぶん助けてくれている。

「救急車が来ていたから心配していたんだよ。満ちゃんは大丈夫かい?」

「はい。おかげさまでだいぶ元気になっています」

「これ、満ちゃんとお食べ」

 そう言っておばあちゃんは豆大福を二個握らせてくれた。

「ありがとうございます」

 わたしは深々頭を下げながらとお礼を言った。

「あのさ、朔ちゃん、満ちゃんが大変なときになんなんだけどさ、アルバイトしないかい? ケーキ屋の五郎ちゃんのとこのお嫁さんがおめでただったんだけど、早めに入院しちまったんだよ。もうすぐクリスマスで猫の手も借りたいってのに、人手がいないんだ。難しいことはなくって、箱を折ったり、詰めたりするだけなんだけど、どうかね」

「やります。やらせてください」

 わたしはふたつ返事で言った。

「良かった。じゃあ、今週末からお願いしたいっていうんだけど」

「大丈夫です」

 もしかしたら退院した満にケーキが食べさせられるかもしれない。胸がどきどきした。

 それから、毎日週末が来るのを楽しみにして学校に通った。

 学校の帰りは大抵、満の病院に寄るので、玄と一緒に帰った。

 玄は学校での姿とは打って変わって、二人きりの時はあまり話さなかった。わたしは彼とは反対で、学校ではほとんど話さなかったけれど、玄と二人きりのときだけ話すことができた。

 学校でも家に帰っても一人だったので、玄と話す時間が嬉しかった。

「そんなわけで、週末にバイトできそうなの」

 わたしは黙っていられず、バイトのことを話した。

「すげーな。バイトなんて。俺はその日も塾だ」

「塾、塾って何するの?」

「お前、塾行ったことないのかよ。えぐ。それであの成績かよ」

「玄の方が良かったんじゃない?わたしは教科書読むだけだもん。応用とかよくわからないんだよね」

 どうしてクラスの子達が、テストで見たことのない問題をすらすら解けるのかわからなかった。

 玄のお父さんを見てから、お医者さんになりたかった。かなり勉強をしなければならないというのはわかったが、どうすればいいか見当もつかなかった。

「あ、じゃあこの問題集貸してやるよ」

 玄が黄色の問題集をランドセルから出して寄越した。

「いいの?」

「いいよ。俺もう終わったし」

「ありがとう」

 家に帰って問題集を開くと、最初の問題から全く歯が立たなかった。

「こんな難しいのをやってるんだ」

 夢中になって解いていると、夕飯の時間もとっくに過ぎていた。一人だとご飯もほとんど作らない。

「いけない。いけない」

 今日も満の病院へ寄ったら、玄のお父さんに会って、ご飯をもう少し食べるように。と言われたばかりだった。

 わたしは冷凍ご飯を朝の味噌汁の中に放り込んだ。こうするとかなりの量になってお腹がいっぱいになる。

 一人でご飯を食べるのは寂しかった。

 玄はテレビをつけたまま食べると言っていたが、叔母の家にはテレビがなかった。

 今日は、いつも激しくけんかする隣のカップルも出かけているらしい。

 何となくいつもより静かな気がした。

「あ、洗濯物。忘れてた」

 満の着替えがなくなってしまう。

 洗濯物をいれようと窓を開けると雪が降っていた。

「わあ」

 お前ラインやってないのかよ。電話もねえの?

 今日の帰り道、玄が、がっかりしながら言っていたのを思い出す。

 そうか。確かに。こういうときは、伝えたいものかも知れない。

 わたしは次々落ちてくる雪を目で追いながら、塾帰りの玄が通らないか、道路が白くなるまで外を見ていた。
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