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水島朔の話 叔母の家
水島朔の話 ~玄の父~
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どれくらい待ったのだろう。
満の容態は急に悪くはなっていないようだったが、良くもなかった。玄が来たことで、一人でいる緊張感が、ふつりと切れている。
満を一人置いていくのも心配だったが、病院へ連れて行く必要があった。
わたしは、叔母へ電話をしようと、小銭の入った財布を取りに立ち上がった。
玄が、大きな黒い鞄を抱えた男の人と一緒に部屋に入ってきたのは、その時だった。
玄の父親だと名乗った男の人は、医者だった。
満を一目見ると、ポケットから黒い聴診器を取り出して、満の胸に当てた。
「息すって、吐いて。そう上手だ」
黒い鞄からビニールに包まれたプラスチックの小さな容器を取り出した。
「ここに口をあてて、思いっきり吸ってごらん。すぐに楽になるよ」
満は言われた通り、機械の先端を口に含み、思いっきり吸い込んだ。
「よし。今から点滴をするよ。身体に直接お薬を入れるんだ。ちょっと、ちくっとするけど、すぐに痛くなくなるからね」
苦しくて針を刺すのも気にならないのか、満は、怯えるでもなく、言われるままに細い腕を差し出した。
点滴という薬がどんなものか知らないが、その効果はよくわかった。
真っ青だった満の頬にみるみる赤みがさし、気が付くと、ぜえぜえと部屋に響いていた呼吸が聞こえなくなっていた。
呼吸が楽になったのかと思ったのと同時に、倒れるように満は布団に横になった。
「満。大丈夫?」
「大丈夫だよ。呼吸が苦しい時は横になれないんだ。良かった。薬が効いて楽になったんだろう」
玄の父親は、優しい声で言った。
「お姉ちゃんかい? 満君の容態はいつからかい?」
「昨日からひどく苦しがって、夜はほとんど眠れませんでした」
「そうか。家族の方はいつ帰ってくるかな?」
「わかりません」
満を助けてくれた人に、嘘はつけなかった。
「そうか。お母さんかお父さんか、大人の人が最後に家にいたのはいつかな?」
「一昨日の夕方です」
いや、三日前だったか。言いよどむわたしを見て、玄の父親が頷いた。
「両親はいません。今一緒に暮らしてくれるのは、母の姉です。仕事の都合で、帰ってこれない日もあって……そうだ。すみません。叔母が帰ってきたら必ずお支払いします。今これしかないんですが」
叔母がいつ帰るかわからなかったので、残っていたお金を、全部は差し出せなかった。
財布を覗くと、小銭ばかりだったが、払わないよりは信用されるのではないかと思ったのだ。
「そんなことは気にしなくていいんだよ。子どもは無料で医療を受けられるんだ」
「でも、それは保険証を持っている人だけでしょう? 区役所に電話して聞いたんですが、手続きには保険証が必要だって聞きました」
「そうか」
玄の父親が唇を真一文字にし、携帯電話を取りだした。
「外で電話をしてくるから、何か変わったことがあったらすぐ呼ぶんだよ。いいね。玄」
「わかってる」
玄が頷いた。
玄の父親が出て行ってからすぐ、満は眠りについた。
うとうととした浅い眠りではなく、久しぶりに聞く規則正しい深い寝息だ。
ふと気がつくと、玄が心配そうにこちらを見ていた。
玄の傍らには給食のオレンジゼリーが転がっている。
それは、他の誰が持ってきてもだめだった。
誰でもない、玄が持ってきてくれなかったら、満の命は、なかっただろう。
引き出しの中に閉まってある、父さんと母さんの写真の顔が、さっと頭の隅をかすめた。
守ってくれたんだね。
「ありがとう」
わたしは玄と、玄をうちに寄越してくれた天国の両親に感謝した。
「いや。俺なんて何にもできなくて。それより、大変だったな」
わたしは泣いているのを知られたくなくて、満の布団をわざとかけ直した。
オレンジ色の夕日が、ほっかりと部屋を暖かくしてくれた。
満の容態は急に悪くはなっていないようだったが、良くもなかった。玄が来たことで、一人でいる緊張感が、ふつりと切れている。
満を一人置いていくのも心配だったが、病院へ連れて行く必要があった。
わたしは、叔母へ電話をしようと、小銭の入った財布を取りに立ち上がった。
玄が、大きな黒い鞄を抱えた男の人と一緒に部屋に入ってきたのは、その時だった。
玄の父親だと名乗った男の人は、医者だった。
満を一目見ると、ポケットから黒い聴診器を取り出して、満の胸に当てた。
「息すって、吐いて。そう上手だ」
黒い鞄からビニールに包まれたプラスチックの小さな容器を取り出した。
「ここに口をあてて、思いっきり吸ってごらん。すぐに楽になるよ」
満は言われた通り、機械の先端を口に含み、思いっきり吸い込んだ。
「よし。今から点滴をするよ。身体に直接お薬を入れるんだ。ちょっと、ちくっとするけど、すぐに痛くなくなるからね」
苦しくて針を刺すのも気にならないのか、満は、怯えるでもなく、言われるままに細い腕を差し出した。
点滴という薬がどんなものか知らないが、その効果はよくわかった。
真っ青だった満の頬にみるみる赤みがさし、気が付くと、ぜえぜえと部屋に響いていた呼吸が聞こえなくなっていた。
呼吸が楽になったのかと思ったのと同時に、倒れるように満は布団に横になった。
「満。大丈夫?」
「大丈夫だよ。呼吸が苦しい時は横になれないんだ。良かった。薬が効いて楽になったんだろう」
玄の父親は、優しい声で言った。
「お姉ちゃんかい? 満君の容態はいつからかい?」
「昨日からひどく苦しがって、夜はほとんど眠れませんでした」
「そうか。家族の方はいつ帰ってくるかな?」
「わかりません」
満を助けてくれた人に、嘘はつけなかった。
「そうか。お母さんかお父さんか、大人の人が最後に家にいたのはいつかな?」
「一昨日の夕方です」
いや、三日前だったか。言いよどむわたしを見て、玄の父親が頷いた。
「両親はいません。今一緒に暮らしてくれるのは、母の姉です。仕事の都合で、帰ってこれない日もあって……そうだ。すみません。叔母が帰ってきたら必ずお支払いします。今これしかないんですが」
叔母がいつ帰るかわからなかったので、残っていたお金を、全部は差し出せなかった。
財布を覗くと、小銭ばかりだったが、払わないよりは信用されるのではないかと思ったのだ。
「そんなことは気にしなくていいんだよ。子どもは無料で医療を受けられるんだ」
「でも、それは保険証を持っている人だけでしょう? 区役所に電話して聞いたんですが、手続きには保険証が必要だって聞きました」
「そうか」
玄の父親が唇を真一文字にし、携帯電話を取りだした。
「外で電話をしてくるから、何か変わったことがあったらすぐ呼ぶんだよ。いいね。玄」
「わかってる」
玄が頷いた。
玄の父親が出て行ってからすぐ、満は眠りについた。
うとうととした浅い眠りではなく、久しぶりに聞く規則正しい深い寝息だ。
ふと気がつくと、玄が心配そうにこちらを見ていた。
玄の傍らには給食のオレンジゼリーが転がっている。
それは、他の誰が持ってきてもだめだった。
誰でもない、玄が持ってきてくれなかったら、満の命は、なかっただろう。
引き出しの中に閉まってある、父さんと母さんの写真の顔が、さっと頭の隅をかすめた。
守ってくれたんだね。
「ありがとう」
わたしは玄と、玄をうちに寄越してくれた天国の両親に感謝した。
「いや。俺なんて何にもできなくて。それより、大変だったな」
わたしは泣いているのを知られたくなくて、満の布団をわざとかけ直した。
オレンジ色の夕日が、ほっかりと部屋を暖かくしてくれた。
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