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水島朔の話 叔母の家
水島朔の話 ~思い出~
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自分が、嫌われているのはわかっていた。
やせっぽっちだし、学年で一番背が高くて、ついたあだ名は電信柱。
今時、電柱ってなに? 全部地面に埋められてるわよ。
「それはあなた、やっかみというものよ。光に影はつきものなの。甘んじてうけとりなさい」
母はそう言って、黒く長い髪を縛り終えると、赤いチェックのエプロンに手を伸ばした。
「だって」
わたしは、台所に続く部屋のコタツでゴロゴロと横になりながら、自分の窮状を訴えた。
「男の子達は雪合戦で、あたしばっかり狙ってくるし、女の子は電柱だから狙いやすいんだって笑うんだもん」
母は、訳知り顔で笑っていった。
「大丈夫。朔は、かわいいわよ。いい。背を伸ばして顎を引いて、首は長く。こうよ」
母がぴんと背をのばすと、チェックのエプロンが急に高級なドレスを着ているように見えた。
「言わせたいヤツは言わせておきなさい。いい。人を蹴落とすのじゃないの。自分が上がるのよ。そうして」
「ただいま――」
母は帰ってきた父に飛びついた。
「こんないい男と一緒に暮らすのよ」
「お、どうした。あれ? うちの奥さんは朝より綺麗になりましたか?」
父の弾んだ声が、台所から聞こえる。
はいはい。
わたしは鼻くそをほじるフリをしながら、隣で寝ている満に毛布を掛けた。
「今日は夕日が綺麗だから夕ご飯は外でバーベキューにしよう」
父が言った。
「あら。ほんとだ。朔ほら。満も起きなさい」
母が嬉しそうに寝ている満を起こした。
「もー。起こさないでよ」
そう言ったわたしを、父と母が笑った。
居間の大きな窓から西日が差し込み、オレンジ色の夕日が二人を照らしていた。
二人が同時に事故で亡くなったのは、最悪の状況の中では、良いことだったのかもしれない。
仲が良すぎて、きっと一人だけでは生き残れなかっただろうから。
わたしはそう思いながら、すれ違った男女二人のカップルをぼんやりと眺めた。
空の藍色がどんどん濃くなって、家の灯りがぽつぽつとつきはじめていく。
換気扇から漂ってくるカレーや煮物の美味しそうな匂いが空腹の自分のお腹をさらに刺激して盛大な音が鳴り響いた。
夕方に歩くのは、嫌いだ。
灯りのともった家からは、時折、笑い声が聞こえて、赤札を求めて閉店ぎりぎりに走る自分が惨めになる。
今日は卵とお米の特売日だ。
これでしばらくは満に栄養のあるものを食べさせられる。
そう思うと、足取りも自然と軽くなった。
急に寒くなったせいか、最近の満はずっと咳をしていて、夜は、寝苦しそうに起きることも多かった。
栄養が足りていないんだ。
自分の枯れた枝みたいな腕をみながら、そっとため息をついた。
今日の給食はご飯だったので、学校を休んだ満にパンを持ち帰ることもできなかった。
今頃お腹をすかせて寝ているだろう。
給食は、一日、何も口にできない子どものことを考えたカロリーの計算は、されていない。
「これ、きらーい」
と言って残すクラスの子ども達の給食をもらいに行かないようにするのに、いつも、なけなしのプライドを総動員しなければならなかった。
家から遠い激安スーパーに閉店間際に滑り込むと、店内は赤札の嵐だった。
幸いなことに新米が出始めということで、お米もかなり安くなっており、叔母が一週間前に置いていった千円と少しずつ貯めたお金をはたいて、久しぶりに満足な買い物ができた。
新しい米と古い米、何がそんなに違うのかわからなかったが、安くなるならそれだけでありがたかった。
お米を買ってしまうと、もっているお金は小銭ばかりになってしまった。
大丈夫。いつもならそろそろ叔母がわたし達が生きているかの様子を見に帰ってくる頃だ。
たとえ帰ってこなくても、このお米があれば、しばらくは持ちこたえられる。
わたしは自分にそう言い聞かせると、「よいしょ」と小さくかけ声をかけながら、リュックにつめた米を背負った。
やせっぽっちだし、学年で一番背が高くて、ついたあだ名は電信柱。
今時、電柱ってなに? 全部地面に埋められてるわよ。
「それはあなた、やっかみというものよ。光に影はつきものなの。甘んじてうけとりなさい」
母はそう言って、黒く長い髪を縛り終えると、赤いチェックのエプロンに手を伸ばした。
「だって」
わたしは、台所に続く部屋のコタツでゴロゴロと横になりながら、自分の窮状を訴えた。
「男の子達は雪合戦で、あたしばっかり狙ってくるし、女の子は電柱だから狙いやすいんだって笑うんだもん」
母は、訳知り顔で笑っていった。
「大丈夫。朔は、かわいいわよ。いい。背を伸ばして顎を引いて、首は長く。こうよ」
母がぴんと背をのばすと、チェックのエプロンが急に高級なドレスを着ているように見えた。
「言わせたいヤツは言わせておきなさい。いい。人を蹴落とすのじゃないの。自分が上がるのよ。そうして」
「ただいま――」
母は帰ってきた父に飛びついた。
「こんないい男と一緒に暮らすのよ」
「お、どうした。あれ? うちの奥さんは朝より綺麗になりましたか?」
父の弾んだ声が、台所から聞こえる。
はいはい。
わたしは鼻くそをほじるフリをしながら、隣で寝ている満に毛布を掛けた。
「今日は夕日が綺麗だから夕ご飯は外でバーベキューにしよう」
父が言った。
「あら。ほんとだ。朔ほら。満も起きなさい」
母が嬉しそうに寝ている満を起こした。
「もー。起こさないでよ」
そう言ったわたしを、父と母が笑った。
居間の大きな窓から西日が差し込み、オレンジ色の夕日が二人を照らしていた。
二人が同時に事故で亡くなったのは、最悪の状況の中では、良いことだったのかもしれない。
仲が良すぎて、きっと一人だけでは生き残れなかっただろうから。
わたしはそう思いながら、すれ違った男女二人のカップルをぼんやりと眺めた。
空の藍色がどんどん濃くなって、家の灯りがぽつぽつとつきはじめていく。
換気扇から漂ってくるカレーや煮物の美味しそうな匂いが空腹の自分のお腹をさらに刺激して盛大な音が鳴り響いた。
夕方に歩くのは、嫌いだ。
灯りのともった家からは、時折、笑い声が聞こえて、赤札を求めて閉店ぎりぎりに走る自分が惨めになる。
今日は卵とお米の特売日だ。
これでしばらくは満に栄養のあるものを食べさせられる。
そう思うと、足取りも自然と軽くなった。
急に寒くなったせいか、最近の満はずっと咳をしていて、夜は、寝苦しそうに起きることも多かった。
栄養が足りていないんだ。
自分の枯れた枝みたいな腕をみながら、そっとため息をついた。
今日の給食はご飯だったので、学校を休んだ満にパンを持ち帰ることもできなかった。
今頃お腹をすかせて寝ているだろう。
給食は、一日、何も口にできない子どものことを考えたカロリーの計算は、されていない。
「これ、きらーい」
と言って残すクラスの子ども達の給食をもらいに行かないようにするのに、いつも、なけなしのプライドを総動員しなければならなかった。
家から遠い激安スーパーに閉店間際に滑り込むと、店内は赤札の嵐だった。
幸いなことに新米が出始めということで、お米もかなり安くなっており、叔母が一週間前に置いていった千円と少しずつ貯めたお金をはたいて、久しぶりに満足な買い物ができた。
新しい米と古い米、何がそんなに違うのかわからなかったが、安くなるならそれだけでありがたかった。
お米を買ってしまうと、もっているお金は小銭ばかりになってしまった。
大丈夫。いつもならそろそろ叔母がわたし達が生きているかの様子を見に帰ってくる頃だ。
たとえ帰ってこなくても、このお米があれば、しばらくは持ちこたえられる。
わたしは自分にそう言い聞かせると、「よいしょ」と小さくかけ声をかけながら、リュックにつめた米を背負った。
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お気に入りのご登録本当にありがとうございます。とても嬉しいです。励みになりました。読んでくださって本当にありがとうございました。急に暑くなったり寒くなったりだと思います。お身体お大事になさってください。
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