上 下
19 / 86
砂漠の王子 アフマド

王子 アフマドの話 ~ニカブを着たモデル~

しおりを挟む
「どこまで続いてるんだ?」

 俺は飛行場にあるターンテーブルの荷物を見つめた。

 スーツケースが永遠に出てくる。

「まだ半分ですよ」

 空港の荷物係は、大きな運搬用の台車に次々と乗せながら笑った。

 飛行機のタラップから、乗客が順番に下りてくるのが見えた。

「くそ」
 
 荷物を積み込むのを見届けてから、客人を迎えに行きたかったが、そうもいかないらしい。

 しょうがないので、信頼できる部下を置いて、俺はタラップに向かって走った。

 モデルらしき女達の笑い声が、乾燥した飛行場に響いている。

 タラップから一番最初に下りてきた、帽子をかぶった初老の男が、ジョン・マークレーだろう。

 隣の金髪の男がパウル・ド・メーヌ。フランス貴族のぼっちゃんだが、政財界に幅広い人脈を持ち、ビジネスは、ドライにして的確。ブランド ジョワを立ち上げたのはジョン・マークレーだが、世界的ブランドまでに押し上げたのはこの男だと言われている。

 続けて降りてきたのは、世界的に有名な写真家だ。どんなに金を積んでも自分の気に入った被写体しか撮らないという男だ。

 やれやれ。国の威信をかけた砂漠旅行ということか。

「アフマド王子」

 初老の男が、両手を広げて俺を抱きしめた。

「ようこそミスター マークレー。フライトはいかがでしたか?」

 俺は笑顔を貼り付けて言った。

「大変快適でした。王子、自らお出迎えいただけるとは光栄です」

「まずはホテルにお送りしましょう。夕飯は宮殿で。父が歓迎の宴を用意しております」

 後ろのモデル達から黄色い歓声が上がった。

 王子と聞いたとたん、モデルの三人が、あからさまに色目を使ってくる。

 反吐がでる。

「さあ、みんな車に乗るんだ」

 パウル・ド・メーヌが、女達の背中を押した。

「ちょっと。何これ。ステキ」

 迎えのリムジンは全て白に統一し、車の端には国旗付だ。

 女達の、俺を見る目の色が、さらに濃厚なものに変わる。

「不愉快だ。先に車に乗せて宮殿に送れ。俺は荷物と一緒にバンで行く」

 俺は、側近のカリムに囁いた。

「王子。我慢しろよ。女達は別な車に乗せるから。お前は、リムジンに乗れ」

「女を別な車に乗せるのは、当たり前だ」

 カリムは乳兄弟だ。俺のことは、だいたいわかっている。

「女性達はこちらへ。ミスター達はこちらの車で王子と」

 カリムがてきぱきと指示をし、一番大きな車には、ジョン・マークレーと写真家のスティーブン・メイヤード、パウル・ド・メーヌが乗り込んだ。

「朔はこちらに乗りなさい」

 ジョン・マークレーが、車の中から手招きをしている。

 誰だ?女達はもう全て乗っている。

 見渡してもアバヤとニカブで全身を隠しているムスリマしかいない。

 背の高い黒のニカブを着た女性が、俺の脇を通った。

 モデルなのか? ムスリマの?まさか。

 女性は、ジョン・マークレーに何事かを囁くと、彼らが乗る車から離れ、そのままモデル達の叫び声がする車に乗り込んだ。

 女性たちの車の中では、もうシャンパンの開く音がしている。

「おい。早く乗れよ」

 カリムが俺の背を押した。

「あ、ああ」

 俺は、車に乗り込みながらマークレーに聞いた。

「ミスター。今の女性はムスリマのようですが、あなたのところのモデルですか?」

「ああ。朔のことですね。彼女はムスリマではないのですが、この国に入る前に着替えていましたね。彼女は、モデル達があなたの国のしきたりに反していないか、大層心配していました。王子が笑顔で迎えてくださって、本当に嬉しい」

 笑顔で出迎えざるえなかったのだが。

 俺は苦虫をつぶしたような顔を、思わずしてしまった。

 何を勘違いしたのか、パウル・ド・メーヌが慌てたように言った。

「彼女に気を悪くしないでいただきたい。朔はこの国では男性と未婚の女性が同じ車には乗らないだろうと言い、後ろの車に乗ったのです」

 ああ。そう言うことか。

「とんでもない。我々の文化を尊重してくださり、ありがとうございます。あのまま彼女が乗ってきたら大層、気まずいことになったかと思います」

「そう。尊重。朔は何よりも、そのことを気にしていました。歴史のあるこの国に、大変興味を示していて、訪れるのを、とても楽しみにしていました」

「あなたのお身内ですか?」

 朔と呼ばれた女性への口調が妙に親しいので、思わず、込み入ったことを聞いてしまった。

「いいえ。彼女は、私の特別なモデルです。血はつながっていませんが、家族でもある」

 隣でパウルが深く頷いた。






 陽が落ちた宮殿の宴では、王とジョン・マークレーが隣同士に座り、熱心に話し込んでいた。

 親しい友人というのは本当らしい。

 あの厳格な王が声をあげて絶え間なく笑っている。

 宴に合わせ、ジョン・マークレーが仕立てたであろう、ゆったりとした夜会服と、きらめくアクセサリーに身を包んだモデル達は、昼とは打って変わって貞淑な女性に見えた。

 ごく私的な宴と言うことで、今回は、城の女達も出席している。

 ニカブを来たモデルはどの娘だったのか。

 ちらちらと探したが、男性と女性の席はかなり離れており、ニカブの一角は王宮の女性達で占められているようだった。

「王子。今日はお出迎え頂き光栄でした」

 末席の自分のところまで、パウル・ド・メーヌが、わざわざ挨拶に来た。

「パウル・ド・メーヌ」

 差し出された手を握り返した。

 男のものとは思えない白い細い指だった。この男は一生力仕事とは無縁なんだろう。

「パウルで結構です。聞けば、あなたに砂漠までご案内して頂くとか。ありがとうございます」

「砂漠は初めてですか?」

「はい。ジョーが、ジョン・マークレーが大学時代に、父君の王から聖なる海の話を聞いていて、いつの日か自分の作品をもって訪れたいと願っていました。今回叶えられてとてもラッキーです」

 作品?

 あの壮大な自然の中では、どんな作品だって見劣りするだろう。

 俺は、ジョン・マークレーの尊大さを笑った。

 だが、世界的な写真家、スティーブン・メイヤードが撮る「アヤバハル 聖なる海」は楽しみだった。

 うまくいけば、この国の美しい自然に、世界中が注目するだろう。

「聖なる海、アヤバハルと言いましたっけ? ここから、だいぶ遠いのですか?」

「たいしたことはありません。王の行幸のように駱駝で行くならともかく、ランドクルーザーなら朝日が昇る時間に出発して、日没までには、近くの街まで戻れます。ただ、今回は朝日と夕日の中で撮影したいと伺いましたので、途中のオアシスで泊まることになるでしょう」

「朝と夕闇がすばらしいと聞きました。はじめまして王子。スティーブン・メイヤードと言います。スティーブと呼んでください」

 ひげをたくわえた穏やかな目をした男が厚い手を差し出した。

「スティーブン・メイヤード。お会いできるのを楽しみにしていました」

 俺はお世辞ではなく、言った。

「光栄です。王子。ところでランドクルーザーで砂漠を横断すると聞いたのですが、撮影で駱駝も持って行きたいと思っていたところなんです。今から調達することはできますか?」

 今からだって!? 出発は明日だぞ。

 俺は天を仰ぎたくなるのを、必死でこらえた。

「何とかしましょう」

 俺は笑顔を崩さないようにしながら、早々に席を立った。

 ドア近くに座っていたカリムを呼ぶ。

「何だよ。せっかく王宮の飯が食えるってのに」

 カリムは渋々席を立ってきた。

「うるさい。その飯の出所が明日まで、撮影場所に駱駝を用意しろとの仰せだ」

「まじかよ。無理だぜ。ここからなら三日はかかる」

「だから。アマズィーグの親父のとこに、お前の鷹を飛ばすんだ。一族の誰かが近くを回ってるだろうから、明日、一番近くのオアシスで落ち合うことにしよう」

「これだから砂漠を知らない奴らは」

 カリムと意見があい、俺は久しぶりに笑った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 完結まで執筆済み、毎日更新 もう少しだけお付き合いください 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

処理中です...