王妃 ジョア~日本人水島朔が王妃と呼ばれるまでの物語 ~

ぺんぎん

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砂漠の王子 アフマド

王子 アフマドの話 ~二十一番目の王子~

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 統率者をつとめる部族の子孫、ファラヤーン家は結束の強い家族だ。

 その家に生まれた王子は、小さい頃から統率者として莫大な財産と権力を与えられる。

 だけど、そんな王子は上から十番目くらいまで。さすがに十人もいれば使えるヤツが一人くらい出てくる。

 だから、二十一番目の王子なんて使用人と一緒だ。

「なんでこの俺が、そんな西洋の恥ずべき職業に就いている女を、アヤバハルに、聖なる海に、連れて行かなきゃないんだ?」

 俺は父の使いをしている昔なじみの男に呟いた。

「撮影なんぞ、首都近くの観光客用の砂漠で充分だろうが。そもそも、なんで異国の民が我が国の秘跡、アヤバハルを知っている?」

「その会社の経営者と王は大学時代の旧友でいらして、この国の話を、昔からよくなさっていらしたそうです。恐れながら王は、隣国の観光業に押されがちな昨今、そろそろ我が国の観光業にもテコ入れをなさりたいのでは」

 俺はぐっと言葉に詰まった。

 オイルマネーのおかげで豊かではあるが、石油は必ず枯渇する。父王は何年もかけて少しずつ石油に頼らない生活を模索している。砂漠の観光資源開発はその一つだった。

「王子。我が国の最も美しい場所の一つが、アヤバハルです。世界の砂漠は多くあれど、あれほどの表情をみせる砂漠はどこを探してもありません。そして、アヤバハルに行くにはアマズィーグの民の案内が、必要です。絶対に。そして、王族の中で、あなた以上に適任者はいない」

「あそこがなぜアヤバハル、聖なる海と言われているのか、お前が知らないわけではないだろう? 砂嵐の多発地帯で、オアシスも遠い。そいつらは撮影に命をかける気はあるのか?」

「ですから。王はあなた様のお名前をあげました。ああ。王からの伝言です。必ず無事に送り届けるようにとのことです」

 慇懃無礼な挨拶をして、使いの者は部屋を出て行った。

 俺は苦々しげにその背中を睨んだ。

 くそ。

 悔しいがヤツが言った通りだった。

 俺以上の適任者はいない。

 アマズィーグは砂漠の民のことだ。

 定住をせず、この国の砂漠を渡り歩き、行商を生業としていた。

 彼ら、アマズィーグにとってはこの国の砂漠は庭のようなものだ。

 安心して遊べる場所ではないが、危険なことが何かを知っていればできることは多い。

 俺の母親はアマズィーグの頭領の娘だった。

 王は十二年に一度、必ず、聖なる海の真ん中にある霊廟に参拝した。

 王の道案内は、何百年もアマズィーグが担っていた。

 戴冠したばかりの若い王は、その時立ち寄ったオアシスでお茶をだした俺の母親を見初め、すぐに俺が生まれた。

 だが、王女ならともかく、二十一番目の王子なんて糞の役にもたたない。

 王は俺が生まれるとすぐにアマズィーグの親戚の家に預け、俺は十五になるまで王子であることも知らず、アマズィーグの部族の一つを、受け継ぐもんだと思って育っていた。

 俺の十五の誕生日だった。

 父親と思っていた頭領は、実は叔父さんで、俺はこの国の王子だと言われた。

 有無を言わさず首都にうつされ、母親という人に会わせられても、話は弾まず、豪華な宮に閉じ込められた定住生活はどうにも肌に合わず、俺は宮を抜け出しては、使用人達に怒られていた。

 街は活気あふれていたが、同時に貧富の差も多かった。

 砂漠は厳しい環境だったが、どんな民にも公平だ。

 ひとたび砂漠にでると身分差が消える。

 金よりも水が貴重な時もあった。

 ひとつでも間違うと命に関わる。

 価値観は流動的で、柔軟さと用心深さ、強い意志がなければ生き残れない。

 そして統率力のあるリーダー。

 力強い、経験豊かなリーダーと絶対的な結束力のある仲間。

 アマズィーグで育った俺は、王族だと言ってふんぞり返っている他の兄弟達が理解できなかった。






 俺はため息をつきながら口笛を吹いた。一羽の鷹が窓辺に降り立つ。

 アマルだ。

 この鷹は、十五の時アマズィーグの叔父からもらったものだ。

 叔父は、あの時、俺が宮殿に引き取られるのを知っていたのだろう。

 そして、俺がその生活に耐えられないのも。

 アマルは何度も叔父の元へ手紙を届け、すぐにも砂漠に戻りたい俺を、かろうじて宮殿に引き留めた。

「やれやれ」

 俺はアマルの足に叔父への手紙を結びつけた。

 王も莫迦ではない。

 アヤバハル辺りは、一年で最も砂嵐が少ない時期に入る。

 あの抜け目のない男は全てを計算して、この時期に客人を招待した。

「しょうがない。頼むぞアマル」

 鷹は心得たとばかりに大きく羽ばたいた。

 とにかく、今は、二十一番目の王子が、この国で生き残るためにできることをやるしかなかった。

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