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ZEN 中川善之助の話
中川善之助の話 ~水島姉弟~
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「え、じゃあ、お前、その子達の保護者になんの?」
その日、俺は久しぶりに『もりしげ』の四人席で、森田と瓶ビールを開けた。
片付けを終えたおばさんも、片手にキュウリの酢の物を持ってきながら座り込む。
「すごいわね。善ちゃん。一気に二人の子持ちね」
おばさんが嬉しそうに言って、揚げ出し豆腐に手を伸ばした。
「え、やっぱりそういうことになるんスかね」
「なるわよー」
「え、ならないだろ。かあさん。養子縁組してるわけではないんだから」
「でも、保護者よ。三者面談とかあったら、行くのよ」
「いや、それは無理ですよ」
人生、俺になんか決められたかないだろうよ。
「がんばっている子っているものね。病気の弟がいて、その子だって中学生でしょ。この前まで小学生なのよ。まだ守られる年齢だわ」
おばさんがしみじみと言った。
「ご飯もろくすっぽ食べてないみたいなんです。いくらモデルでもあれはないんで、少し食わせなきゃって思ってるんですけど」
「なんてこと」
おばさんは、まるで自分が食べてないみたいな顔をした。
「そりゃひでえな」
「ああ。吉田には連絡しといた。明日会うよ」
吉田というのは、俺と森田の小学生からの悪友の名前だ。どういう魔法を使ったのか、大学在学中に司法試験に通って、今や売れっ子の弁護士先生になっている。俺の離婚調停も奴に頼んだ仲だ。
「怒られたか?」
森田は楽しそうに笑って言った。
わかっているなら聞くなよ。
俺はビールをあおった。
「これが未成年後見人の書類だ。家庭裁判所に面会に行ってもらうから、そこの時間はあけとけ」
吉田明弘はため息をつきながら言った。
「なんだよ」
俺は何か言いたげな友人に向かって聞いた。
「善之助、言いたかないが、どうしてお前はそうなんだ。犬猫何匹拾った? 飼えもしないのに、俺は小学生の時、お前と捨てられた猫を抱えて一軒一軒飼い主を捜した記憶を忘れちゃいないぞ。しかも、なんだこの間の裁判は。俺の言ったこと全て忘れて、元奥さんの要求全部通しちまって、俺の輝かしいキャリアをかえせ。俺のキャリアを汚すな」
「いや、それはホントにすまなかったよ」
「しかも、今回はなんだよ。そのあやしげな子どもは。大丈夫なのか?開けてみたら怖いお兄さん連中が後ろで隠れんぼしていました。とかはごめんだぞ」
「大丈夫だと思う」
たぶん。
「その子は、ほんとに売れそうな子なのか?」
吉田明弘は鏡の前で体にぴったりした細身のスーツを伸ばした。
「それは、絶対」
俺は神妙に頷いた。あれが売れなかったら俺は金輪際スカウトの世界から足を洗う。
「ほんとかよ。金にならないってなっても後で泣き言いうなよ」
「言わねーよ」
「ご飯とかどうすんだよ。お前、ほとんど家帰んねーだろ。犬猫と違うんだぞ」
「わかってるよ。考えてるって」
「ほんとかよ」
「なあ吉田。どうしてもあの子はうちでほしいんだよ。だめだったら皿洗いでも何でもするっていってんだから、使えなかったら雑用でも何でもしてもらう。だから絶対契約してくれ」
「それ後見人じゃねーよ」
「そうなのか?」
この書類をちゃんと読め。吉田明弘は書類の上から俺の腹を叩いた。
「とにかく、彼女は契約書を持ってくるはずだから。お前が後見人制度のことを説明してくれ。中学生にもわかるようにだぞ」
「わかってるって」
吉田明弘はうるさそうに手を振った。
それを合図のように電話が鳴って、受付嬢が水島朔が到着したことを告げた。
水島朔が部屋に入るなり空気が変わった気がする。
心が浮き浮きするのだ。
隣にいた吉田が、ごくりとつばを飲み込むのがわかった。
水島朔は一人ではなかった。
この間一緒に来ていた高屋敷玄と、スーツを着た大人の男が一人ついてきていた。
男は吉田の知り合いらしく、お互いに、あれ。という顔で会釈している。
聞けば高屋敷家の弁護士だという。鬼瓦正と名乗った。
挨拶をして、仕事と後見人の契約について吉田が説明を加えていく。
一通り聞き終えた朔は、俺の目を見据えながら言った。
「弟と一緒に生活させていただきたいんです。そして、弟が必要な医療も必ず受けることができるようにしてください」
「もちろんだ」
俺は見つめられた動揺を、抑えるように言った。
朔はほっとしたように鬼瓦正に頷いた。
「誓約書をご用意いたしました」
鬼瓦は二枚の紙を机の上に出した。
「一枚は控えです。この内容でよろしかったらサインをお願いいたします。」
紙一枚にびっしりかかれたそれをとろうとしたら横から吉田の手が出てきた。
「これはお預かりします。契約は次回にしましょう」
吉田は有無を言わせずその契約書をファイルに納めた。
「もちろんです。こちらもこの後見人の書類はお預かりします」
次回の日程を二人の弁護士が決めている間、俺は朔をみていた。
商売柄、美人というものを腐るほどみているが、彼女は何時間見ても見飽きない何かがあった。
ただの可愛さや美しさではない。見ているだけで微笑みたくなるような、自分が綺麗な何かになったような錯覚をおこす。
これが俺のものになると思うだけで胸が高鳴った。
その日、俺は久しぶりに『もりしげ』の四人席で、森田と瓶ビールを開けた。
片付けを終えたおばさんも、片手にキュウリの酢の物を持ってきながら座り込む。
「すごいわね。善ちゃん。一気に二人の子持ちね」
おばさんが嬉しそうに言って、揚げ出し豆腐に手を伸ばした。
「え、やっぱりそういうことになるんスかね」
「なるわよー」
「え、ならないだろ。かあさん。養子縁組してるわけではないんだから」
「でも、保護者よ。三者面談とかあったら、行くのよ」
「いや、それは無理ですよ」
人生、俺になんか決められたかないだろうよ。
「がんばっている子っているものね。病気の弟がいて、その子だって中学生でしょ。この前まで小学生なのよ。まだ守られる年齢だわ」
おばさんがしみじみと言った。
「ご飯もろくすっぽ食べてないみたいなんです。いくらモデルでもあれはないんで、少し食わせなきゃって思ってるんですけど」
「なんてこと」
おばさんは、まるで自分が食べてないみたいな顔をした。
「そりゃひでえな」
「ああ。吉田には連絡しといた。明日会うよ」
吉田というのは、俺と森田の小学生からの悪友の名前だ。どういう魔法を使ったのか、大学在学中に司法試験に通って、今や売れっ子の弁護士先生になっている。俺の離婚調停も奴に頼んだ仲だ。
「怒られたか?」
森田は楽しそうに笑って言った。
わかっているなら聞くなよ。
俺はビールをあおった。
「これが未成年後見人の書類だ。家庭裁判所に面会に行ってもらうから、そこの時間はあけとけ」
吉田明弘はため息をつきながら言った。
「なんだよ」
俺は何か言いたげな友人に向かって聞いた。
「善之助、言いたかないが、どうしてお前はそうなんだ。犬猫何匹拾った? 飼えもしないのに、俺は小学生の時、お前と捨てられた猫を抱えて一軒一軒飼い主を捜した記憶を忘れちゃいないぞ。しかも、なんだこの間の裁判は。俺の言ったこと全て忘れて、元奥さんの要求全部通しちまって、俺の輝かしいキャリアをかえせ。俺のキャリアを汚すな」
「いや、それはホントにすまなかったよ」
「しかも、今回はなんだよ。そのあやしげな子どもは。大丈夫なのか?開けてみたら怖いお兄さん連中が後ろで隠れんぼしていました。とかはごめんだぞ」
「大丈夫だと思う」
たぶん。
「その子は、ほんとに売れそうな子なのか?」
吉田明弘は鏡の前で体にぴったりした細身のスーツを伸ばした。
「それは、絶対」
俺は神妙に頷いた。あれが売れなかったら俺は金輪際スカウトの世界から足を洗う。
「ほんとかよ。金にならないってなっても後で泣き言いうなよ」
「言わねーよ」
「ご飯とかどうすんだよ。お前、ほとんど家帰んねーだろ。犬猫と違うんだぞ」
「わかってるよ。考えてるって」
「ほんとかよ」
「なあ吉田。どうしてもあの子はうちでほしいんだよ。だめだったら皿洗いでも何でもするっていってんだから、使えなかったら雑用でも何でもしてもらう。だから絶対契約してくれ」
「それ後見人じゃねーよ」
「そうなのか?」
この書類をちゃんと読め。吉田明弘は書類の上から俺の腹を叩いた。
「とにかく、彼女は契約書を持ってくるはずだから。お前が後見人制度のことを説明してくれ。中学生にもわかるようにだぞ」
「わかってるって」
吉田明弘はうるさそうに手を振った。
それを合図のように電話が鳴って、受付嬢が水島朔が到着したことを告げた。
水島朔が部屋に入るなり空気が変わった気がする。
心が浮き浮きするのだ。
隣にいた吉田が、ごくりとつばを飲み込むのがわかった。
水島朔は一人ではなかった。
この間一緒に来ていた高屋敷玄と、スーツを着た大人の男が一人ついてきていた。
男は吉田の知り合いらしく、お互いに、あれ。という顔で会釈している。
聞けば高屋敷家の弁護士だという。鬼瓦正と名乗った。
挨拶をして、仕事と後見人の契約について吉田が説明を加えていく。
一通り聞き終えた朔は、俺の目を見据えながら言った。
「弟と一緒に生活させていただきたいんです。そして、弟が必要な医療も必ず受けることができるようにしてください」
「もちろんだ」
俺は見つめられた動揺を、抑えるように言った。
朔はほっとしたように鬼瓦正に頷いた。
「誓約書をご用意いたしました」
鬼瓦は二枚の紙を机の上に出した。
「一枚は控えです。この内容でよろしかったらサインをお願いいたします。」
紙一枚にびっしりかかれたそれをとろうとしたら横から吉田の手が出てきた。
「これはお預かりします。契約は次回にしましょう」
吉田は有無を言わせずその契約書をファイルに納めた。
「もちろんです。こちらもこの後見人の書類はお預かりします」
次回の日程を二人の弁護士が決めている間、俺は朔をみていた。
商売柄、美人というものを腐るほどみているが、彼女は何時間見ても見飽きない何かがあった。
ただの可愛さや美しさではない。見ているだけで微笑みたくなるような、自分が綺麗な何かになったような錯覚をおこす。
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