王妃 ジョア~日本人水島朔が王妃と呼ばれるまでの物語 ~

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幼馴染 高屋敷玄の話

高屋敷玄の話 その六 ~父再び~

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 ビルを出ると、街は家路に急ぐサラリーマンであふれかえっていた。

「ねえ。明日、役所の人が来るんだけど、今日中に契約しなきゃ、わたし達住む所がなくなっちゃう」

 朔が心配そうに言った。

「大丈夫だよ。保護者になりたいって大人が出てきてるんだし、時間稼ぎはできると思う」

「それと弁護士ってどうするの? わたし、そんなお金は無いよ」

「そんなの知ってるよ。父さんに相談してみる。それくらいは頼ってもいいんじゃないかな」

 俺は、そう言って朔の冷えた手を取って自分のコートのポケットに入れた。

「コート着てこなかったのかよ」

 俺は照れ隠しのように言った。

「制服が見えた方が初々しく見えるでしょ。うちのセーラー服がかわいくて良かった」

 朔が少し身体を寄せた。

 ポケットの中にある俺の手が、急に汗をかき始めた。くそ。

「受付でどうなるかと思ったけど、あの名刺見せたとたんお姫様みたいな扱いになるんだもんね」

 朔が、興奮気味に言った。

「しかも、ビルは大きいし。玄、大手の事務所じゃないって言ってたからさ」

「それな」

 まあ、あのくらい大きければ、独身社長といえど、商品に手を出すこともないだろう。

 秘書の小山さんもいい人そうだったし。

「あとは、あたしがどれだけ事務所に利益をもたらすことができるか。だね」

「それは、大丈夫だ」

 俺は、太鼓判を押した。

 そして、ピンクのバックをちらりと見て言った。

「マジ。すげーびびった」

「何が?」

「そのバックの中身だよ」

「そりゃね。このくらいの下駄は履かせてもらわなきゃ。少しでも高く見せたいじゃない?」

 俺達は高揚した気分で笑いあった。






「遅かったわね。塾はどうだったの?」

 家に帰ると夕飯の支度をしていた母さんが手を止めて聞いてきた。

 今日のメニューはカレーだった。

 家の中いっぱいにスパイスの良い香りが充満している。

 俺は「ああ。変わらなかったよ」とか生返事をしながら、父さんの書斎に忍び込んだ。

「父さん。ちょっといい?」

「ああ。どうした」

「それ、確定申告の?」

 俺は、父さんの手にある書類を指しながら聞いた。

「ああ。明日、税理士さんが来るからな」

 ん?

「税理士?弁護士じゃないの?」

「税金だから弁護士じゃないだろう?」

 父さんは書類から顔を上げて俺の方を向いた。

「何かあったか?」

「えーっと」

 俺は観念して今の朔の状態を細かに話した。

「と言うわけで、朔は今非常に大事なところに立ってまして、できることならば、お父様のお知恵を拝借したいと」

「お前は。何をしているかと思えば」

「え? なに?」

「今日塾から電話が入っていたぞ。たまたま父さんがとったからよかったものの、母さんがとってたら大変だったぞ」

「ごめん」

「もう少し上手くやれ」

 すみません。俺は頭を下げた。

「とにかく、朔ちゃん姉弟のことは父さんも気にはしている。大丈夫なのか? その社長さんって」

「わかんない。だから父さんに相談したくて。明日弁護士さん来るっていうから、ちょっとだけ朔の話を相談できたらって思ってたんだ」

「明日来るのは弁護士じゃなくて税理士だ」

「うん。今、知った」

 父さんは、はあっ。とため息をついて、引き出しの中を、ごそごそとかき回した。

「ちょっと待っていなさい」

 おにがわら法律事務所と書かれた名刺を持って、父さんがメガネを外しながら携帯電話を取り出した。

「もしもし。高屋敷ですが。はい。いつもお世話になっています。先生は?いえ、うちの病院のことではないんですが」

 父さんは僕の話をかいつまんで電話の相手に説明した。

 では、はい。明日。

 父さんは電話を切った後、じっと俺の顔を見ていった。

「いいかい。玄。約束してくれ。まず父さんに嘘はつかない。隠し事はしない。そして、手に負えないと思ったら大人に相談するんだ。朔ちゃんはあまり大人に頼れる環境で育っていないから、お前が大人に相談する役目になるんだ。できるね?」

 俺は黙って頷いた。

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