神蛇の血

ぺんぎん

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寄生する器

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 時は平安。

 なんの因果か、そのモノを自らの血に受けた男が一人いた。

 男は、そのモノが持つ「力」を操り、中央集権国家の、強大な権力の中心に、限りなく近づいていた。

 何年も、何年も

 血に宿るモノは男に従った。

 けれども、生物としての人間の体は、二十代をピークに下降の一途をたどる。

 「力」を持つモノが、寄生する器を選ぶ基準は単純なものだった。

 すなわち、

 体液の循環を素早く行える器であること。

 「力」を操り、生命を維持できる器であること。

 太古から存在する単純で強大な「力」を持つモノは、必然的に若い血を好み、そこに留まった。

 男がそのモノをその身に受けたのも、また、若かりし頃だった。

 華やかな出世と名声とは裏腹に、強大な「力」を制御できなくなっていた男は、少しずつその命をそぎ落としていった。




 それは、生まれたばかりの赤子の穢れを祓おうとした時だった。

 振り下ろした榊の枝の先が、男の指を傷つけた。

 みるみるうちに、傷口から、血があふれた。

 血は、泣き叫ぶ赤子の口へと吸い込まれるように落ちていった。

 そのわずかな血に乗って、そのモノは、「力」と共に、男の肉体から赤子の肉体へと移動した。

 暴れ狂う攻撃を担う「力」を、呪いの力で男の身に縛りつけていなかったならば、全ての「力」が、赤子へと移動してしまったはずだった。

 男はすぐに傷口を塞いだが、浄化と守りを司る「力」の半分が消え、器としての体のバランスが崩れ、己の身体にかけた、呪いの封印がとれかかっていた。

「何ということだ……」

 男は茫然と呟いた。

 何という脱力感。

 このまま消えてしまいたいと思うほどの無力感。

 生きる力を、根こそぎ持って行かれた気がした。

 血を呑んだ赤子は、すでに泣き止み、男の腕の中ですやすやと眠りに落ちていた。

 「力」は器を選ぶ。

 血に宿るモノが気に入らぬ器ならば、とうに赤子は死んでいる。

 表情も変えずに眠り込んでいる赤子の様子を見ると、血に宿るモノが選び取った器だったということだ。

 このままこの赤子にもう一つの「力」を入れて、自分のようにしようか。

 否

 男は首を振った。

 一つの肉体に二つの相反する「力」は、ヒトが持つには強大に過ぎた。

 現にここ最近、男は、自分の持つ浄化と守りの「力」を、ほとんど自分の中にある攻撃を司どる「力」を押さえつけるために使っていたではないか。

 それだけではない。

 男は、邸内に響き渡る読経の声の凄まじさに意識を向けた。

 この赤子は、この世で最も高貴な血をその身に受け継いだ赤子。

 将来が、生まれ落ちたこの瞬間から決められている女御子。

 だからこそ、出産の祓いごときに、男がわざわざ呼ばれたのだ。

 いずれ、国母となるべく、育てられる姫御子。

 この身が持つ「力」を総動員し、全ての穢れを祓い、その行く末を何としてでも明るいものと、占わなければならないがために。

 空間が歪んだ。

 読経の声が、さらに大きくなって聞こえる。

 出産には、多くの物の怪や、魑魅魍魎が集う。

 そのため、念を入れて張った結界だったはずだった。 

 その結界が、崩れかけている。

 何十年も陰陽師として生きてきた経験と勘が、危険を知らせた。

 腕の中にいる、この脆弱な器に、強大な「力」が宿ったことが知られるのは、時間の問題だった。

 攻撃を司る「力」は残っていたが、赤子を抱いて、どこまで戦えるか見当もつかない。

 今、すこしでも、自分の肉体に傷をつけたら、残りの「力」も、確実に自分の肉体を離れてしまうだろう。

 現に、今も、新しい器を求めて、封印を解こうと、もがきはじめているではないか。

 器が、肉体が限界に来ていた。

 人外の者にこの「力」はやれない。

 この地を守るために、この「力」は、ヒトという器の中に、残さねばならない。

 けれども、血に宿るモノが気に入らぬ器に、無理やり「力」を移しても、この「力」を制御することはできない。

 「力」を宿す器が必要だった。

 この赤子を守り得る器が。

 男は、赤子をしっかりと抱き上げると、無事の出産に湧いている左大臣邸をそっと抜け出した。

 目指すは、都近く、最も強固な結界が張られている場所だった。




  

 



 



 


 



 



 

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