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夏至当日~兄さん~
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白い大理石の門の中は暗かった。
大きな柱の陰に隠れるようにレイを探したがどこにもいない。
あいつめ。まだ、屋台にいるな。
あたしは人目を避けながら、おそるおそる庭に出た。
先ほどまでの晴天が嘘のように厚い雲が空を覆っていた。
広大な庭に植えてある背の高い木々が風で大きく揺れている。
さっき庭にいた人々は、低い声で話しながら同じ方向に歩いていく。
もう誰もあたしを見ていない。
あたしは移動する人々に紛れてレイを探した。
もーーどこにいるのよ
この場所はどう考えても、あたしたちが入っていい場所じゃない。
アバダンに来てまだ日が浅いけど、そのくらいは、あたしでもわかる。
早くここを出なきゃ。
気ばかり焦るが、なかなか先に進まない。
突然、
周囲の歩みが止まった。
目の前に人垣ができている。
「なんでこれをお前が持っているのかを聞いている」
人垣の向こうから、詰問するような若い男の声が聞こえた。
よく前が見えない。
「だから……これは、ぼ、僕の連れが、こいつにあげたんだよ」
レイの声だ。
やばい。
絶対、あいつがなんかしでかした。
「すいません。ちょっと、すみません」
あたしは10回くらい「すみません」を言って、ようやくレイが見える位置につけた。
レイは、庭から5段くらい高くなっている大理石で作られた東屋の中にいた。
レイと話をしている男の人の顔は、こちらから見えない。
男の人の、つややかな黒髪と、仕立ての良さそうなフロッグコートの裾が風に揺れて、いやに長い足が露になっている。
レイはといえば、金と黒のまだらの髪に、トネリコネリの花粉がしらみのようにひっついている。
ラミアに追いかけられ、森を歩いた服は、控えめにいってもぼろぼろ。
あたしはレイの足下を見て息をのんだ。
身長50cmほどのジュレニスが、レイの足に隠れるように立っている。
あの猫を助けた時に会った、一番目玉の多いジュレニスだ。
黒いびろうどのチョッキを着込んで、せいいっぱい胸を張っていたけれど、10個以上あるその目一つ一つに、はっきりと恐怖の色が浮かんでいる。
レイがジュレニスを守るように、一歩前に出た。
強い風が吹いた。
レイの髪から、トネリコネリの花粉が次々と吹き飛ばされていく。
ブーンという蜂の音がどこからか聞こえてきて、重い空気が周囲に立ち込めた。
さっきのミス意地悪も、耳をふさぎながらその大きなスカートの中に座り込んでいる。
人々が震えながら次々とその場にしゃがみこんでいく。
いつの間にか、立っているのはあたしだけになっていた。
「あなたに聞いているのではない。私はそのジュレニスに聞いているのです」
男の人の声が冷たく響いた。
「こいつは、お前が怖くて何も答えられないじゃないか。だ、だから、ぼ、僕が代わりに言ってるんだろ。こいつらが、このジュレニスが、どっかの貴族の使い魔を殺そうとした時に、僕の連れがこいつに、この金の腕輪を上げたんだよ。と、等価交換で。これはもう、こいつのものなんだよ」
ん?これは、あの目玉お化けにあげた、父さんの腕輪のことかな?
あたしは、座り込んでいる人々の間をぬって、二人に近づいた。
「あなたは等価交換の意味をご存じない」
男は白い手袋に包まれた長い手を、そっとジュレニスの方へ向けた。
次の瞬間、ジュレニスの太い腕にあった父さんの腕輪は、男の手の中にすっぽりと納まっていた。
「等価交換は同じ『力』を持つもののみが行うことのできる契約です。ジュレニスごときが、我々相手に行うことではない」
「う、腕輪を返してやれよ!」
大きな風が吹き、男のフロックコートが引きちぎれた。
「……あなたは、最後にお会いした時より、随分と大きくおなりになりましたね……トネリコネリの花粉に遮られてなお、この『力』。先王の塔に引きこもっていると聞いていたが……間違った情報だったようですね」
男は、父さんの腕輪を手の中で転がした。
「もう一度聞きます。この腕輪をどこで手に入れた?持ち主はどこにいる?」
音域の違う、ブーンという羽音が聞こえる。
空気はさらに濃く、重くなっていく。
さっきまで花の蜜を吸っていた小さな羽のある生き物が、次々と地上に落ちてきた。
泡を吹いて倒れている小人もいる。
先ほどまで笑っていた客達は、がたがたと震えながらしゃがみ込んでいる。
もう、誰も二人を見ていなかった。
「だから、さ、先ほどから言っている!この腕輪は……」
レイが声を荒げた。
「……ここであなたと覇権を争う気はないんだが……少し急いでいる……」
男が片手をあげた。
一瞬で空気が変わった。
男の白い手袋の周りに、鈍い光の輪が集まっている。
まずい
なぜだかそう思った。
まずい。あれはまずい。
レイはケガから回復したばかりだ。
あんなの耐えられるはずがない。
「レイ!逃げて」
あたしは無我夢中でレイの傍に走りよった。
「ユキ!」
「ユキ?」
あたしを呼ぶ二つの声が重なった時、青い炎と白い光がぶつかった。
あたしは無我夢中でレイを抱きしめた。
大きな柱の陰に隠れるようにレイを探したがどこにもいない。
あいつめ。まだ、屋台にいるな。
あたしは人目を避けながら、おそるおそる庭に出た。
先ほどまでの晴天が嘘のように厚い雲が空を覆っていた。
広大な庭に植えてある背の高い木々が風で大きく揺れている。
さっき庭にいた人々は、低い声で話しながら同じ方向に歩いていく。
もう誰もあたしを見ていない。
あたしは移動する人々に紛れてレイを探した。
もーーどこにいるのよ
この場所はどう考えても、あたしたちが入っていい場所じゃない。
アバダンに来てまだ日が浅いけど、そのくらいは、あたしでもわかる。
早くここを出なきゃ。
気ばかり焦るが、なかなか先に進まない。
突然、
周囲の歩みが止まった。
目の前に人垣ができている。
「なんでこれをお前が持っているのかを聞いている」
人垣の向こうから、詰問するような若い男の声が聞こえた。
よく前が見えない。
「だから……これは、ぼ、僕の連れが、こいつにあげたんだよ」
レイの声だ。
やばい。
絶対、あいつがなんかしでかした。
「すいません。ちょっと、すみません」
あたしは10回くらい「すみません」を言って、ようやくレイが見える位置につけた。
レイは、庭から5段くらい高くなっている大理石で作られた東屋の中にいた。
レイと話をしている男の人の顔は、こちらから見えない。
男の人の、つややかな黒髪と、仕立ての良さそうなフロッグコートの裾が風に揺れて、いやに長い足が露になっている。
レイはといえば、金と黒のまだらの髪に、トネリコネリの花粉がしらみのようにひっついている。
ラミアに追いかけられ、森を歩いた服は、控えめにいってもぼろぼろ。
あたしはレイの足下を見て息をのんだ。
身長50cmほどのジュレニスが、レイの足に隠れるように立っている。
あの猫を助けた時に会った、一番目玉の多いジュレニスだ。
黒いびろうどのチョッキを着込んで、せいいっぱい胸を張っていたけれど、10個以上あるその目一つ一つに、はっきりと恐怖の色が浮かんでいる。
レイがジュレニスを守るように、一歩前に出た。
強い風が吹いた。
レイの髪から、トネリコネリの花粉が次々と吹き飛ばされていく。
ブーンという蜂の音がどこからか聞こえてきて、重い空気が周囲に立ち込めた。
さっきのミス意地悪も、耳をふさぎながらその大きなスカートの中に座り込んでいる。
人々が震えながら次々とその場にしゃがみこんでいく。
いつの間にか、立っているのはあたしだけになっていた。
「あなたに聞いているのではない。私はそのジュレニスに聞いているのです」
男の人の声が冷たく響いた。
「こいつは、お前が怖くて何も答えられないじゃないか。だ、だから、ぼ、僕が代わりに言ってるんだろ。こいつらが、このジュレニスが、どっかの貴族の使い魔を殺そうとした時に、僕の連れがこいつに、この金の腕輪を上げたんだよ。と、等価交換で。これはもう、こいつのものなんだよ」
ん?これは、あの目玉お化けにあげた、父さんの腕輪のことかな?
あたしは、座り込んでいる人々の間をぬって、二人に近づいた。
「あなたは等価交換の意味をご存じない」
男は白い手袋に包まれた長い手を、そっとジュレニスの方へ向けた。
次の瞬間、ジュレニスの太い腕にあった父さんの腕輪は、男の手の中にすっぽりと納まっていた。
「等価交換は同じ『力』を持つもののみが行うことのできる契約です。ジュレニスごときが、我々相手に行うことではない」
「う、腕輪を返してやれよ!」
大きな風が吹き、男のフロックコートが引きちぎれた。
「……あなたは、最後にお会いした時より、随分と大きくおなりになりましたね……トネリコネリの花粉に遮られてなお、この『力』。先王の塔に引きこもっていると聞いていたが……間違った情報だったようですね」
男は、父さんの腕輪を手の中で転がした。
「もう一度聞きます。この腕輪をどこで手に入れた?持ち主はどこにいる?」
音域の違う、ブーンという羽音が聞こえる。
空気はさらに濃く、重くなっていく。
さっきまで花の蜜を吸っていた小さな羽のある生き物が、次々と地上に落ちてきた。
泡を吹いて倒れている小人もいる。
先ほどまで笑っていた客達は、がたがたと震えながらしゃがみ込んでいる。
もう、誰も二人を見ていなかった。
「だから、さ、先ほどから言っている!この腕輪は……」
レイが声を荒げた。
「……ここであなたと覇権を争う気はないんだが……少し急いでいる……」
男が片手をあげた。
一瞬で空気が変わった。
男の白い手袋の周りに、鈍い光の輪が集まっている。
まずい
なぜだかそう思った。
まずい。あれはまずい。
レイはケガから回復したばかりだ。
あんなの耐えられるはずがない。
「レイ!逃げて」
あたしは無我夢中でレイの傍に走りよった。
「ユキ!」
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あたしは無我夢中でレイを抱きしめた。
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