宝石眼を持つ名ばかりの聖女、盗賊になった幼馴染にハジメテを奪われる

蓮恭

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41. 聖女

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 女神とアンドウと会った後、オババの所でいつも通りに薬を煎じていたアネット。知らず知らずのうちに手が止まっているのを、何度もオババに咎められた。

「全く、どうしたって言うんだい? 頭領に可愛がられたせいで疲れてるだなんて、言わないでおくれよ」

 オババはいつものようにアネットを揶揄う。けれどもその軽口の向こうには、アネットへの心配が見え隠れしていた。

「ごめんなさい。ちょっと考え事をしてて」
「おやおや、何か深い悩みでもあるのかい。ほら、このオババに話してみな。ほら、そこに座って」

 アネットは勧められるがまま、オババが食卓に使っている小さな机を挟んで、向かい合わせに腰掛けた。
 皺だらけの顔を笑みでくしゃりとさせたオババは、さぁ話してみろと言わんばかりに大きく頷く。

「実は……やりたい事が出来たの。でも、ラウルは私がそれをするのを嫌がるかも知れない。そう思うと、どうやって話を切り出せばいいか分からなくて」
「やりたい事ねぇ……。それは良い事かい?」
「そうだと思う。人の為になる事よ」

 ラウルはアネットを心配するあまり、過保護な所がある。それは勿論オババもよく知る所で、その事についてはオババも何度かラウルに苦言を呈している。
 オババは一度肩をすくめると、フンと鼻を鳴らした。

「本当に。頭領はアンタの事となると盲目だからねぇ。過保護というか、束縛が過ぎるというか」
「でもそれは、昔ラウルの前から私が居なくなってしまった事を悔やんで、また同じような事になるのを怖がっているのよ」
「そうだとしても、アンタの人生はアンタの物だろう。やりたい事があるなら、まずははっきりとそれを伝えるんだね。人生は一度きりなんだよ。死んだら何も出来ないんだから」

 パチリと片目を瞑りながら語るオババの言葉に、アネットはストンと腹落ちする。話を聞きながら、無意識のうちに頷いていた。
 
「アネット、此処を出てどこかへ行った後も、このオババが言った事を忘れないでおくれよ」

 いつになく真面目な顔をしたそうオババに言われ、アネットはハッとする。加齢で濁り始めたオババの黒目を、アネットはじっと覗き込んだ。

「ラウルから何か聞いてるの?」
「ああ、もうすぐジャンと三人で此処を出るんだろう? きっといつかそんな日が来るんだと思っていたからね。驚きはしなかったけど、せっかく弟子にしたアンタと離れるのは寂しいよ」

 いつもは軽口を叩いてばかりのオババも、今はどこか元気が無く、心の底から寂しいと思っているのだとアネットにも伝わった。

「私も、ずっと此処で暮らせると思っていたの。オババと一緒に、この集落の人達の助けになれればって。でも王都へ行くと決まってから、もっとたくさんの人を助けたいと思うようになった。オババ直伝の薬でね」

 女神に教えられたこの国の窮状、そして目の当たりにした多くの病人達。全てを救う事は出来なくても、手の届く範囲だけでも救いの手を差し伸べられたら……。

「ほう……どうやって助けるつもりだい? 此処を一歩外に出れば、疫病と飢えが蔓延しているんだよ。アンタ一人の力で、どうにかなる事じゃ無いと思うけどねぇ」
「それなら大丈夫。実はリュミエール神殿が後押ししてくれる事になったの。というよりも、私が神殿の活動に参加するという事なのだけれど」
「リュミエール神殿だって? またとんでもない所の名前が出てきたねぇ。それは頭領のツテかい?」

 オババは机を挟んで、アネットの顔を探るようにして覗き込んでくる。ニヤリと笑った口元の皺が、なお一層深まった。

「ううん、違うの。実は私、『聖女の会』を手伝おうと思ってて。その活動ではオババから教えてもらった薬の知識が役立つから、是非手伝って欲しいと言われているの」
「聖女の会だって?」
「うん。実は私、聖女らしいの。でも十二歳になっても神殿に保護されないままずっと隠れ住んでいたから、出来損ないの聖女なんだけどね」
「なんと。それじゃあ聖女だからという理由で、あの変態公爵に攫われてたって訳かい。やっと合点がいったよ。公爵の愛人でも無いのに、何でアンタがずっと囚われていたのか」

 アネットがこの集落に来てからも、オババは公爵の事について何も聞いて来なかった。辛い思いをしたのだろうという事は勘付いていたけれど、いつかはアネットの方から話してくれるかも知れないと思っていたのだろう。
 今アネットが幸せならば、不幸な過去の事などどうでも良いと考えていたのかも知れないが。

「もうアンタだなんて、気軽に呼べないね。まさか聖女様だったなんて。私も長年生きてはいるが、本物を間近に見るのは初めてだよ。そもそもこの年寄りが、集落から出る事はほとんど無いからね」

 オババは荒唐無稽なアネットの話をすんなりと受け入れてくれた。真面目で素直なアネットが自分に嘘をつくはずがないと思っているのか、それとも他に何か思う所があったのかは分からない。

「実は私が聖女だと、まだラウルにも話せていないの」
「おや、何故だい?」

 オババの意外そうな声色に、アネットは少し困り顔で笑う。
 
「これまで、聖女の癖にってたくさん言われて来たから、何となく話し辛くて。聖女だからって何か特別な力がある訳じゃないし」

 それでなくともマリアとして生きて来た頃には、毎日のように母親だと思っていた女から役立たずだと言われ続けていた。
 森を出てからも聖女の癖に醜いとか、聖女の癖に宝石を生み出せないだとか、散々言われてきたのだ。
 
「たとえ特別な力が無いのだとしても、頭領は喜ぶよ。聖女様がついていれば、此処を出てからの頭領の未来も明るいだろう。聖女がついてるっていうのは、強力なおまじないみたいなもんだからね」
「おまじない……。それでラウルを守れたらいいけど」
「頭領が怪我したって病気になったって、アンタが薬で助けてやればいいさ」

 高らかに笑うオババに励まされ、アネットは勇気を貰えた気がした。聖女の会を手伝うのは女神ビジュからのお願いであり、アネットの希望でもある。

「うん、今晩きちんとラウルに話すわ。ありがとう、オババ。聞いてもらってすっきりした」

 晴れやかな笑顔を見せたアネットに、オババは頷いてみせる。どちらともなく二人は立ち上がり、作業に戻った。
 そのうち煮詰まった薬草の香りが強くなった頃に、オババが思い出したかのように口を開く。

「そう言えば、少し前から国王さんも寝込みがちで、あまり良くない状態だと聞いたね。まだそんなに歳はとってないと思っていたけど、偉い人には私らには無い苦労もあるのかねぇ」

 その後も何やら国王の状態について話すオババの声が、やけに遠くに聞こえてくる。
 今朝女神に見せられた映像で、ひどく痩せこけ明らかに不健康な顔色をした国王の姿をアネットは思い出していた。

「次の王さんは第二王子の何とかっていう人がなるらしいよ。ま、私らにとってみれば誰が王さんでもいい。この国の惨状を何とかしてくれる人ならね」

 どうして今、オババがこの話をするのかはアネットに分からない。集落の外の事情についてオババが話をするのは、これまでほとんど無かった事だった。

「私、何も知らなかった。ルメルシェ王国は女神ビジュの恩恵を受けて、豊かで幸せな国だと思っていたから」
「前はそうだったよ。そうさね、アンタが生まれた頃には少なくとも。王妃が変わってから、この国は変わってしまったよ。貴族達が、女神様より聖女様だと言い始めた頃からね」
「聖女だなんて言っても、何の特別な力も持っていないのに」
「それでも、実在するかしないか分からない神より、実在する王妃の方が貴族達にとっては崇めるのに都合が良かったんだろう」

 人間の、狡くて醜い部分を目の当たりにしたようで、アネットは胸がツキリと痛くなる思いがした。

 


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