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12. 急な抱擁は危険

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 邸に着いてからも、すぐに自室にこもって今回の依頼の旅の準備に入ったアレクと、馬車や泊まるところの手配をすすめるジャンとどこかギクシャクして三人でとった夕食の時もいつもより静かな時間が過ぎた。

――コンコンコン……

「ユリナ。ちょっといいか?」
「アレク?どうぞ。」

 夕食後の家事を済ませた後、与えられている自室でこれから長くかかるかも知れない旅の準備をしているとアレクが訪ねてきた。

「何か、怒っているのか?」
「……怒ってる。」
「一体何に怒ってるんだ?」

 私のことを心配はしているが、理由については全く分からないというような態度のアレクに感情をぶつけてしまう。

「何でアレクはこの国の人たちの言いなりに魔法を使うの?自分の為にはほとんど使わないのに!陛下の依頼だって、本来は国の仕事でしょ?なんで当たり前みたいにアレクに依頼するの?」

 この世界に来てから、アレクの元には様々な依頼が飛び込んできているのを知った。
 そのほとんどが、魔法に頼らなくても努力すれば何とかなることばかりで……。

 この世界唯一の魔法使いだからって何でもかんでも頼ればいいってもんじゃないでしょ。

「そうだな……まあ俺もさすがにサブリナ嬢の言う『愛の魔法』とやらは使わないがな。」
「何ではぐらかすの!」

 上手くはぐらかされた気がして、目の前のアレクの胸の辺りに拳をドンとぶつけて視線を床に落とした。

 一瞬アレクが驚いたような顔をしたのが見えたけど、今は絨毯の敷かれた床とアレクの靴しか見えない。

「なんでユリナが怒るんだ?」
「分かんないけど!なんか誰もアレクのことを考えてなくて、自分のことだけって感じて腹が立つ!」

 アレクの胸に握った拳を当てたままで声を荒げてしまった。
 私の握り拳の下でアレクの心臓がドクドクと脈打っているのも、自分の心臓の音がいつもより耳に響くのも何だか胸がざわついた。

「ユリナ、俺の為に怒ってくれているのか?」

 アレクが突然私を抱きすくめたので、拳を置いていた胸に額が当たった。

「怒ってる。……もっとアレクのこと、周りもアレク自身も大事にして欲しい。」
「そうか。」
「そうだよ。私も出来る事は限られてるけどそれでも手伝うから。アレクは私の生き返った時もそうだけど、自分の寿命を平気で半分にしちゃったり、無茶な依頼や仕事量を無理矢理こなしたりするから心配。」

 少し怒ったような声音で自分の思いを伝えると、アレクは静かに聞いてくれた。

「ユリナ、ありがとう。」

 私のことを抱きしめたまま、すぐ近くで所謂イケボで囁くから、また胸がドキドキして苦しくなった。

 しばらくしてどちらともなく離れてアレクは部屋を後にした。

「私、なんでこんなに怒ってんの。アレクがイケメン過ぎてドキドキしてるんだと思っていたけど、それだけじゃないよね。」

 この世界に来てからの生活で、アレクのことを傍で色々見ているうちに恋心を持ってしまったようで。

「アレクは前に結婚という形には拘らないと言った。異世界の人間として物珍しさで興味はあるけど、ただ家事要員兼仕事のお手伝いとしか思ってないってことだよね。まぁ分かってたけど……。」

 アレクの分け与えてくれたという心臓がドクドクと脈打って、その日はなかなか眠れなかった。

 




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