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10. ここで御令嬢の登場

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「便利なものができたら、何でもかんでも魔法使いアレクに頼る人が減って、アレクもしたい研究に集中できるでしょ?」

 午後のティータイムは最近私とアレクとジャンのミーティングタイムになっていた。

 お茶を飲んでいたアレクは、驚いたような顔をしてこちらへと視線を向けた。

「てっきりユリナが元いた世界のような暮らしがしたくて色々考えているんだと思っていたが……。」
「まあそれもあるんだけど!でも、この世界には魔法使いはアレクだけなんだから、みんながアレクの魔法を頼ってばかりもいられないでしょ?」

 試作品の洗濯板を置かせてもらった雑貨屋さんが、たくさん売れたから御礼にとジャンに美味しいマドレーヌをお土産にくれたので、それを頬張りながら私もお茶を飲んだ。

「そうか。ユリナ、ありがとう。」

 ものすごく華やかなこの美形が笑みを浮かべて素直にお礼を言ったから、私はマドレーヌが喉に詰まったかと思うほど胸が苦しくなった。

 危なかった……。アレクの顔面は凶器……。

 少しの微笑みでも破壊力があり自意識過剰になってしまって、家政婦兼秘書という肩書をつい忘れてしまいそうになる。

――ジリリリリリン……

 来客を伝えるベルが鳴った。

「あ、誰か来たみたいだな。僕見てくる。」

 ジャンがそう言って席を外した後、二人きりになった室内でアレクが口を開いた。

「元の世界に帰りたくなることはあるか?」

 なんだかとても切なそうな表情で尋ねてくるけど、アレクは帰りたいのかな?

「元の世界には家族や友達がいたから懐かしく思うときはあるけど、向こうの世界の私はもう死んでしまったから……。今はこの世界でアレクやジャンと便利道具を作ったり人助けしてるのが楽しく思えてるから大丈夫だよ。」

 目を細めて、わずかにホッとしたように見えるアレクは私をこの世界に引き寄せたことを後悔しているのかな?

「アレクは、私がここに来たこと、連れてきたことを後悔してるの?」
「そんなはずはない!ユリナをあの時連れて来なければ、あの時ユリナの命はただ途絶えていただろう。それは俺の本意ではない。」

 焦ったように早口で答えたアレクは、あまり今まで見たことのない表情をしていて。

「ユリナが生きていてくれて本当に良かった。」

 そう呟いたのが聞こえた。

「アレクサンドルさまーーーーー!」
「お待ちください!今、応接室へご案内しますから……。」
「もう!あなたはよろしいですから、アレクサンドル様を早く呼びなさい!」
「ですから、応接室でお待ちください。」
「前回もそう言ってなかなかアレクサンドル様はいらっしゃらなくて、ほんの少ししかお話できませんでしたのよ。」

 なんかすごく賑やかだけど、大丈夫かな……?

――バーーーーンッッ!!

 扉が壊れるかと思うくらい勢いよく開き、疲弊した様子のジャンが眩しい金髪縦ロールで煌びやかなピンク色のドレスを身にまとったザ・御令嬢を必死で制止している。

「アレクサンドル様!こちらにいらっしゃったのですわね!」
「……誰?」
「アレはサブリナ嬢だ。」

 サブリナ嬢とやらは、アレクの傍に座る私のことは一切目に入っていない様子で一目散にアレクの方へと駆け寄ってきた。

「今日は困りごとがあって来ましたのよ。どうかお助けくださいな。」

 振り切られたジャンは後を追いかけてくるも、息が切れてものすごく苦しそうにしている。

「ハァ……ハァ……。」 
「ジャン、大丈夫?」
「ハァ……すみませんッ!御令嬢とは思えないほどの素早さと体力で、引き止められませんでした……ッ。」

 肩で息をしているジャンを尻目に、サブリナ嬢はアレクに上目遣いで両手を胸の前で組み、お願いポーズをしている。

「チッ……役立たずめ。」

 チラリとこちらを見たアレクが、多分ジャンに向かって小さく言い放った。

「すみません。」
「ジャン、お疲れ様……。」

 ジャンは私の隣でシュンと肩を落としているけど、こんなパワフルな令嬢私でも引き止めるのは無理だ。

「それで?今日はどんな御用ですか?サブリナ嬢。」

 椅子に座ったまま長い足を組み直し、アレクが問うとジッとアレクを見つめたまま動かなかった令嬢がハッと我に帰ったように言葉を発した。

「アレクサンドル様、実は私病気になってしまったみたいですの。貴方の事を考えるだけで胸が苦しくなったりドキドキと動悸がしたり、夜が眠れなくなったりするのですわ。きっと普通には治せない不治の病だと思いますの。どうかアレクサンドル様が愛の魔法で治していただけませんか?」

 キラキラと輝くブルーの瞳で、金髪縦ロールを揺らしながら頭をコテンと傾けるその仕草はまさに御令嬢。

「それは魔法では治すことはできませんよ。ジャン、サブリナ嬢の用事は済んだようだ。お帰りになるから送ってさしあげろ。」

 足を組んで椅子に座ったまま、絶対零度の声音で答えるアレクは視線をジャンの方へと向けた。
 息をやっと整えたジャンは、そっと頷くとサブリナ嬢を扉の方へとエスコート……強引にエスコート?していた。

「お待ちくださいませ!アレクサンドル様!まだお話は終わっていませんのよー!」

――バタン

 扉が閉まって一気に室内は静けさを取り戻した。
 廊下の方で未だワイワイ聞こえてくるけど、とりあえず嵐は過ぎ去ったようだ。


「な、何とか外の馬車の中までお送りしてきました。」
「ジャン、大丈夫?ほら、お茶でも飲んで。」

 肩で息を切らすジャンに、冷たくなってしまったお茶しかないけど勧めてみたらグビグビと飲み干してしまった。

「ハァー……。相変わらず強烈な公爵令嬢ですね。アレクサンドル様も、少しは魔法で援護してくれたらいいのに。」
「人の精神に関わる魔法は本人への負担が大きいからな。第一、結局はジャンだけで何とかなったじゃないか。」
「まぁ、そうですけど。」

 疲れた様子のジャンは、精神感応系魔法の欠点について聞くとそれ以上は何も言わなかった。













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