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31. 記憶が戻ったらの回
しおりを挟む「あ! おにぃちゃん寝ちゃってるー!」
笑い声と共にそう話す小さな女の子の声で、ハッと意識が鮮明になる。賢太郎の肩に寄り掛かったままでいた事にどこかホッとして、慌てて姿勢を正す。
「おにぃちゃん、疲れたの? 山、下りられる?」
いつの間にか目の前に立っている女の子と、その後ろで笑いながらこちらを見つめる男の子に、俺は笑顔で答える。
「大丈夫。ちょっと寝たら元気出たよ。ありがとうね」
「良かったねー! じゃ、バイバーイ!」
俺と賢太郎が揃って「バイバイ」と手を振りながら言うと、子どもたちと男性は元気に下りの登山道へと戻って行った。その後ろ姿を見つめながら、これから賢太郎にどうやって接したら良いのか考えていた。
今までとんでもない勘違いをしていた。まだ全てを思い出した訳ではないけれど、きっと本当の事を言えない賢太郎を随分と困らせていたんだろう。
その後の事は考え事に集中し過ぎてほとんど覚えてない。どうやって下山したのかも分からず、気付いたら自宅の最寄り駅まで帰っていた。
「なぁ、ヒカル。黙ってばっかでどうかしたのか? 腹減ったとか?」
「うん……」
まだ午後になったばかりの時間で、このまま帰ってもきっと事態は悪くなるばかりのような気がする。ギュッと拳を握って息を大きく吸った。
「賢太郎、大事な話があるんだ。悪いけど、今から俺んち来て」
そう言ってから、賢太郎の手首を掴んで自宅アパートの方へと歩く。母さんは仕事に行って今なら誰も居ない。それに家ならこれから話す事を誰かに聞かれる心配も無い。もし俺が話の途中で体調を崩しても大丈夫だと考えた。
俺の硬い声音に何かを感じ取ったのか、賢太郎は言葉を発する事なく素直についてくる。本当は脚の長い賢太郎の方が、前を歩く俺に速度を合わせてるんだろうけど。何にも言わずについてきてくれる。そんな事さえもいちいち胸の柔らかいところを刺激した。
「はい、ここに座っててよ」
「どうしたんだよ?」
「ちょっと待ってて」
誰も居ない自宅アパートに到着してから、まずは賢太郎を自分の部屋に案内する。連れてくる予定じゃなかったから多少散らかってるけどこの際仕方ない。ラグの敷かれた床に座ってもらって、自分は姉ちゃんの使ってた部屋へと向かう。
「この辺り……」
家を出てしばらく経つ姉ちゃんの部屋では、大体の物は一人暮らしの部屋に持って行ったけど、本棚とそこに仕舞われた姉ちゃんの愛読書はそのまま保管されている。
本棚の下から二番目、左の方にある桃色の背表紙の漫画を久しぶりに手に取った。
俺はその漫画を持って自分の部屋へと戻り、訳の分からない顔で大人しく座っている賢太郎の目の前に差し出した。
「賢太郎、今までごめんな」
突然の言動についていけないのか、怪訝そうな顔付きをした賢太郎はその漫画を見るなり、サッと顔色を変えた。紙みたいに真っ白な顔色は今にも倒れそうだなと思って、自分より賢太郎の身体が心配になる。
「俺って馬鹿みたいだよなぁ。いくら思い込みが激しいからってさ……。ダイに話したら笑われそうだよ」
「ヒカル……、思い出したのか」
「思い出したよ、賢太郎。お前がカイルで、俺はシャルロッテ。俺達は確かにあの頃好き同士で、夫婦になってずっと一緒にいようって約束したよな?」
そんな俺の言葉に賢太郎が一瞬だけ息を呑んで、それから今にも血が滲み出そうな程に唇を噛む。いつの間にか握り込まれた賢太郎の拳は震えていた。
「保育園に通ってた頃、俺と賢太郎は本当に仲良しでいつも保育園の裏庭にある秘密基地で遊んでた」
あの頃の記憶を今思い返してみれば、それぞれが色々と大変だったと分かる。当時は分からなかった大人の事情だって、今ならはっきりと理解できた。
――同じ保育園に通う賢太郎と俺は、ある遊びに夢中になっていた。
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