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28. 初めての遠足部登山の回
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賢太郎との待ち合わせは朝七時、朝食にはパンを頬張ってから出掛ける準備をする。今日も仕事に行く予定の母さんは既に出掛ける準備も万端で、玄関で新品のトレイルランニングシューズを履く俺を見送りながら尋ねた。
「光、くれぐれも気をつけてね。忘れ物は無い? スマホは持った?」
神経質な母さんの口癖はいつもと同じ。だけどその表情はいつもより心配そうだ。
「大丈夫だよ。持った持った」
今日の登山は必ず成功させて、母さんと賢太郎ともきちんと話し合う。俺の記憶について、どんなに体調が悪くなってもはっきりさせると決めた。
「あんまり遅くならないようにね」
「うん、行ってくる。母さんも仕事頑張って」
土曜日の早朝といえば普段は寝ている時間だから、朝陽が眩しい事もあっていつもの風景が新鮮に見える。青々とした生垣や俺の好きな紫陽花たちも朝の光の下で見るとより元気そうだ。
気持ち良い朝の空気をしっかり吸い込みながら、新品のトレイルランニングシューズを履いた俺は早足で歩く。遠足部の活動をし始めてからというもの、運動音痴な俺でも随分と体力がついた事を実感できた。
待ち合わせ場所の駅に着くと、タクシー乗り場の近くで柱に背を預けた賢太郎の姿が見えた。思った通り、俺と色違いのマウンテンパーカーを着ている。思わず頬が緩んでニヤけるのを堪えて、早足から駆け足へと変えた。
「賢太郎、おはよ! お待たせ!」
「おお、おはよう。走って来たのか?」
「いや、賢太郎が見えて嬉しくなって……すぐそこから走って来ただけ」
「そうか」
何の気なく素直に答えたら、あまり普段は表情に変化がない賢太郎が耳まで真っ赤にして口元を押さえ、フイッとそっぽを向いた。俺は嬉しくなってその顔を覗き込む。
「今日は俺めっちゃ頑張るから! 楽しみだな!」
「おう、無理はするなよ」
電車で伊今山の最寄り駅まで移動して、そこからはバスに乗って移動する。何だか本当に遠足みたいでワクワクする気持ちを抑えきれずにいた。
「わぁー! 下から見ると思ったよりデカいなー! 伊今山」
いかにも山、という風なおむすびのような形をした伊今山は深緑色の木々に覆われている。その頂上には展望台があり、そこからの景色はとても美しいのだという。登山道の途中にも休憩所があって、登りやすい山だということで初めての山に選んだ。
「一時間半くらいで頂上まで登れるはずだ。でも時間は沢山あるからな。ヒカルのペースでいいぞ」
「今日は自然の景色を見ながら、のんびり登って行こうと思って」
「そうだな、俺らは登山部でも山岳部でもなくて遠足部だからな。ゆっくり楽しみながら行こう」
フェルネのリュックをぎゅっと持ち直して、賢太郎と並んで登山道の入り口へと向かった。
「ここから登山開始だな。あっ、賢太郎! ここで記念撮影しとこうよ」
「いいよ、ほら」
背の高い賢太郎が俺をリュックごと背後から抱きしめるみたいにして、前からスマホを向ける。その不意打ちに胸が高鳴って頬がカァーッと熱くなった。
「じゃ、撮るぞ」
「う、うん」
後ろにそびえる伊今山と賢太郎と俺のスリーショットは、緊張して唇を真一文字にした俺の顔が何だか間抜けだったけど、それでもとても綺麗に撮れていた。
そこからは枯れた葉っぱがたくさん落ちた登山道に足を踏み入れる。二人で並んでも十分歩ける登山道は、左右を草や木で覆われているが、歩く部分は踏みしめられてしっかりと固くなっている。登山道を見上げると、登山初心者でも登りやすそうななだらかな傾斜がずっと続いていた。
「なぁ賢太郎、この山登った事あるのか?」
登り始めてすぐ、まだ元気な俺は隣を歩く賢太郎に話しかける。眉間に皺を寄せて記憶を辿る賢太郎は、視線を斜め上に向けながら指折りして答えた。
「何度かある。父親と一緒にな」
「賢太郎とお父さん、仲良いんだな」
「普通だろ。自分の趣味を息子とするのが夢だったからって、小さい頃から色々させられてるだけだぞ」
俺が幼い頃に両親が離婚してあっさり居なくなった父親は、どんな人だったのかほとんど覚えていない。覚えてるのは日常のたいした事ない記憶と、顔が俺と姉ちゃんに似てたって事くらいだ。
「でも、そういう普通に憧れるよ。俺には父さん居ないからさ」
「……そうだったな。悪い」
「いや、別にもう気にしてないんだけどね。離れたのが幼過ぎてほとんど父親の記憶なんて無いし」
黙々と登り続けるより、せっかく整備されて広い登山道だから賢太郎と色んな事を話しながら登った方が足が進む。父親の話でしんみりした雰囲気になりかけた頃、六合目の看板が見えた。
「光、くれぐれも気をつけてね。忘れ物は無い? スマホは持った?」
神経質な母さんの口癖はいつもと同じ。だけどその表情はいつもより心配そうだ。
「大丈夫だよ。持った持った」
今日の登山は必ず成功させて、母さんと賢太郎ともきちんと話し合う。俺の記憶について、どんなに体調が悪くなってもはっきりさせると決めた。
「あんまり遅くならないようにね」
「うん、行ってくる。母さんも仕事頑張って」
土曜日の早朝といえば普段は寝ている時間だから、朝陽が眩しい事もあっていつもの風景が新鮮に見える。青々とした生垣や俺の好きな紫陽花たちも朝の光の下で見るとより元気そうだ。
気持ち良い朝の空気をしっかり吸い込みながら、新品のトレイルランニングシューズを履いた俺は早足で歩く。遠足部の活動をし始めてからというもの、運動音痴な俺でも随分と体力がついた事を実感できた。
待ち合わせ場所の駅に着くと、タクシー乗り場の近くで柱に背を預けた賢太郎の姿が見えた。思った通り、俺と色違いのマウンテンパーカーを着ている。思わず頬が緩んでニヤけるのを堪えて、早足から駆け足へと変えた。
「賢太郎、おはよ! お待たせ!」
「おお、おはよう。走って来たのか?」
「いや、賢太郎が見えて嬉しくなって……すぐそこから走って来ただけ」
「そうか」
何の気なく素直に答えたら、あまり普段は表情に変化がない賢太郎が耳まで真っ赤にして口元を押さえ、フイッとそっぽを向いた。俺は嬉しくなってその顔を覗き込む。
「今日は俺めっちゃ頑張るから! 楽しみだな!」
「おう、無理はするなよ」
電車で伊今山の最寄り駅まで移動して、そこからはバスに乗って移動する。何だか本当に遠足みたいでワクワクする気持ちを抑えきれずにいた。
「わぁー! 下から見ると思ったよりデカいなー! 伊今山」
いかにも山、という風なおむすびのような形をした伊今山は深緑色の木々に覆われている。その頂上には展望台があり、そこからの景色はとても美しいのだという。登山道の途中にも休憩所があって、登りやすい山だということで初めての山に選んだ。
「一時間半くらいで頂上まで登れるはずだ。でも時間は沢山あるからな。ヒカルのペースでいいぞ」
「今日は自然の景色を見ながら、のんびり登って行こうと思って」
「そうだな、俺らは登山部でも山岳部でもなくて遠足部だからな。ゆっくり楽しみながら行こう」
フェルネのリュックをぎゅっと持ち直して、賢太郎と並んで登山道の入り口へと向かった。
「ここから登山開始だな。あっ、賢太郎! ここで記念撮影しとこうよ」
「いいよ、ほら」
背の高い賢太郎が俺をリュックごと背後から抱きしめるみたいにして、前からスマホを向ける。その不意打ちに胸が高鳴って頬がカァーッと熱くなった。
「じゃ、撮るぞ」
「う、うん」
後ろにそびえる伊今山と賢太郎と俺のスリーショットは、緊張して唇を真一文字にした俺の顔が何だか間抜けだったけど、それでもとても綺麗に撮れていた。
そこからは枯れた葉っぱがたくさん落ちた登山道に足を踏み入れる。二人で並んでも十分歩ける登山道は、左右を草や木で覆われているが、歩く部分は踏みしめられてしっかりと固くなっている。登山道を見上げると、登山初心者でも登りやすそうななだらかな傾斜がずっと続いていた。
「なぁ賢太郎、この山登った事あるのか?」
登り始めてすぐ、まだ元気な俺は隣を歩く賢太郎に話しかける。眉間に皺を寄せて記憶を辿る賢太郎は、視線を斜め上に向けながら指折りして答えた。
「何度かある。父親と一緒にな」
「賢太郎とお父さん、仲良いんだな」
「普通だろ。自分の趣味を息子とするのが夢だったからって、小さい頃から色々させられてるだけだぞ」
俺が幼い頃に両親が離婚してあっさり居なくなった父親は、どんな人だったのかほとんど覚えていない。覚えてるのは日常のたいした事ない記憶と、顔が俺と姉ちゃんに似てたって事くらいだ。
「でも、そういう普通に憧れるよ。俺には父さん居ないからさ」
「……そうだったな。悪い」
「いや、別にもう気にしてないんだけどね。離れたのが幼過ぎてほとんど父親の記憶なんて無いし」
黙々と登り続けるより、せっかく整備されて広い登山道だから賢太郎と色んな事を話しながら登った方が足が進む。父親の話でしんみりした雰囲気になりかけた頃、六合目の看板が見えた。
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