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25. それぞれの形の回
しおりを挟む「賢太郎、俺がお前の事を好きだって気持ちは確かなものなんだ。記憶が曖昧で、よく人となりも知らないうちからこんな風に強い気持ちになるのか、それは俺にも分からないけど」
一言一言自分の気持ちを確かめるように発する俺の言葉を、掴んでいた肩から手を離した賢太郎はすぐ傍でじっと聞き入っている。
その表情はカチコチに強張って、一体何を覚悟しているのかまだ分からなかった。
「一度無くしたものを全てを知っても、きっと俺の気持ちは変わらない。だけど賢太郎は? 記憶が戻っても、俺から離れていったりしないよな?」
ちゃんとした約束が欲しかった。それがたとえ口約束だとしても、約束さえしておけば必ず賢太郎は守ってくれるだろうと信じているから。縋るような視線を賢太郎に送ると、力強い頷きで返してくれた。
「俺から離れる事は絶対にない。もう二度と、離れ離れにはならない」
俺の好きな切長の目は、鋭い槍の切っ先を突きつけるような眼差しをこちらに向けている。その鋭さから賢太郎の強い決意が示されているようで嬉しかった。
カイルとシャルロッテの間に何があったのかは分からない。だけどもう過去に何があったとしても、俺が賢太郎の事を想う気持ちは変わりっこないんだと再確認した。
「ありがとう、賢太郎」
胸の醜い傷痕は今、引き攣れた痛みではなくほんわかとした温かみを帯びている。心地よい温もりにやっと身体の力を抜いた。
「よし、それじゃあ今日は軽く走って終わりにするか!」
明るい表情でそう告げた賢太郎だけど、俺は走る事が大の苦手だから突如大きな不安が襲って来る。また前みたいに失神したらどうしよう、と怖かった。あんな目に遭うのはもうごめんだったから。
「でも……」
「大丈夫、ゆっくり休みながらすればいい。少しくらいは体力付けとかないと、いくら低いところ登るったって登山は危険があるからな」
「それもそうだよな、うん! 頑張るよ!」
そのまま二人で賢太郎の家を出て、近くにある河川敷の土手を走った。賢太郎からすれば、歩いてるみたいな速度でヒイヒイ言いながら走る俺はカッコ悪かったかも知れない。だけど、ちょっとずつでも目標に向かって頑張らないといつまで経っても前に進めないから。
その日は土手を三キロ走って帰ってきた。最後の方は歩きと本当に変わらないくらいの速度だったけど。それでも歩かずに最後まで走るフォームで何とか足を前に進めた。
賢太郎はずっと俺に合わせて走って体調を気にしてくれた。それがあったから、再び失神する怖さは半減して走れたのだと思う。
「遠足部の初日おつかれ。大丈夫か?」
「うん。賢太郎が考えてくれたメニューだったら、何とか頑張ってやれそう。明日もここでトレーニングするのか?」
「そうだな、とりあえず平日は俺んちでトレーニングして、休みの日はどこか近場へ行ってするとかどうだ?」
つまり、何も無ければ毎日賢太郎と一緒ってわけだ。
(トレーニングは運動音痴の俺にとってはめちゃくちゃ辛かったけど、遠足部って最高じゃないか)
「そうする! じゃあまた明日放課後な!」
賢太郎から借りた服はそのまま着て帰ることにした。近くまで送って行くという賢太郎の申し出を断って、一人で閑静な住宅街の中を歩く。見渡せばどこの家もよく作り込まれた美しい庭と、それぞれの希望に合わせて設計された建物が調和して、これが一つの幸せな家族の象徴だと主張しているようだ。
「アパート暮らしはアパート暮らしで、俺達家族の形だよな」
決して僻んでいるわけじゃなく、素直にそう思った。早くに離婚した両親、女手一つで姉ちゃんと俺を育ててくれてる母親、時々うるさいけど優しい姉ちゃんと、まだ子どもっぽいところのあるヘタレな俺。
たった今日一日で、俺の中の感情や考え方は随分と変わった気がする。賢太郎が、ずっと傷モノなんだと思っていた俺の事を認めてくれたからかも知れない。記憶が無くても、好きだって気持ちは確かなモノで、賢太郎だって俺の事を好きでいてくれる。それだけで自分に自信を持つには十分だった。
「また明日からもずっと、賢太郎と一緒に頑張っていくぞ!」
帰り道、そう決意した俺はトレーニングでヘロヘロだった身体が少しだけ軽くなったのを感じながら、住み慣れたアパートへと帰って行く。
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