上 下
4 / 66

4. 入部初日の大失態の回

しおりを挟む
 ダイが教えてくれた同級生の名前を呟いた俺は、その後も授業が上の空になるほどに放課後になるのが待ち遠しいと思っていた。

「じゃあな、ダイ! 部活行ってくる!」
「おう、頑張れよ! 怪我はすんなよな!」
「大丈夫だよ! またなー!」

 放課後になるとすぐにダイに向かってそう宣言して、生徒たちがまだ談笑している教室を早足で通り抜ける。
 まだ席で帰り支度をしていたダイは笑顔で俺に手を振っていたけど、また今からどこかに遊びに行くのかいつものグループに名を呼ばれていた。
 
 ダイみたいな高校生活を送るのも、羨ましく無いわけではない。
 だけど俺はやっぱりゲーセンやカラオケに行くよりも、自然の中でのびのびと活動する方が好きだ。
 青々とした木々の生い茂る中で土の匂いや木の匂い、水の流れる音を感じたい。

 いつからそんな風に思い始めたのか、もう思い出せないけれど……。
 昔と違って今この近辺は森も裏山も開発によって無くなってしまったから、自然に触れるには少し足を伸ばしたところにあるところまで行くしかない。

 だけど元々一人が嫌いな俺は、単独で登山をしたって面白くないだろう。
 何よりも中学の時に俺が思いつきで山登りをすると言ったら、心配した母さんがものすごい勢いで怒った。
 それならば高校では山岳部に入って仲間と自然を満喫しよう、と思ったのがきっかけだった。

 それなのに……今ではきちんと下調べをしなかった事に大きな後悔しかない。あれほど登山の道具に関しては調べた癖に、山岳部の具体的な活動内容については調べもせずに想像だけを膨らませていたんだから。

(俺の欠点はこういうところだ。詰めが甘い)

 山岳部初日の活動は、基礎体力トレーニングという名のまるで陸上部のように本格的な運動メニューだった。

 せっかくだからとダイが教えてくれた『佐々木 賢太郎』という同級生を探してみたが、新入部員の自己紹介が始まってからも姿を見せなかった。
 何人かはクラスの用事で遅れているらしいから、後で来るのかも知れない。
 
 そして始まったトレーニング。ストレッチまではまだ良い、運動が破滅的に苦手な俺でも何とかついて行けた。
 今ここに新入部員は男子だけでも二十名ほどいて、その誰もがにこやかにストレッチをしている。
 俺は硬い身体を必死に折り曲げたり伸ばしたりしながら皆に合わせて平気な顔をしつつ、しかし実は冷や汗を流しながらも懸命に取り組んでいた。

 あれだけ焦がれた山岳部の活動。意気揚々と入ったというのに、極度の運動音痴だという事など絶対に周囲には知られたく無い。

「こらー! 宗岡むねおか ひかる! ほら、もっと早く走れ走れ!」

 ところが問題はストレッチ後の校外ランニングだった。
 運動自体が苦手な俺はとっくに周回遅れで、コース途中の道沿いで立っている顧問から何度も声を掛けられた。励まされてもこれ以上はどう頑張っても早く走れない。

「はあ……っ、はあ……ッ」
 
 出来る限りの全速力で走っているつもりなのに、流れていく景色は何故だか歩いてるみたいにゆっくりな速度だ。
 足がおもりをつけているみたいに重い。軽快とは真逆とも言える、ボタ……ボタ……という間抜けな足音を立てていた。

 それに、あんまり辛くて口で呼吸するもんだから、喉がカラカラになって舌が口の中に貼り付く。そのうち鉄っぽい嫌な味が口に広がっていく。
 そのせいなのか、さっきから胃がムカムカして気持ち悪い。

「あー……気分悪い……」

 思わずそう口にした時、スウッと一気に全身が冷えていく感じがした。血の気がひくってこんな感じかなとぼんやり考える。

「ヒカル……っ!」

(誰かが俺の名前を呼んだ。返事しなきゃ……)

 個人商店や街路樹の並ぶ景色がゆっくりと回転したと思ったら、いつの間にかひび割れたアスファルトの舗装が目の前にあった。

(あれ……、転んだ……?)

 いろんな物が混じってデコボコした黒い地面。そこに転がる白っぽい小石が妙にデカく見える。そんな小石が頬の下敷きになっているのか、ちょっと顔がジンジンする。地面の匂いだろうか、とにかく何とも言えない不快な匂いを感じた。

 少し離れたところから誰かのランニングシューズが近づいて来るのが見える。耳を当てたアスファルトを伝って聞こえる足音と振動が、頭に響いてすごく耳障りで。

(最悪だ。カッコ悪すぎる……)

 そんな風に思いながら、そのまま俺は重くなった瞼に抗うのをやめてゆっくりと閉じる。寝そべったアスファルトに全身が飲み込まれるように、ズブズブとどこかに沈み込んでいく感覚は深い眠りに落ちる瞬間に似ていた。

 やがて意識が遠のいたあと、どうやら夢の中へ迷い込んだみたいだ。
 
 ザワザワと風に木々の葉が揺れる音がする。どこからか鳥の声は聞こえるが、姿は見えない。
 鼻をつくのは自然を感じる土と木の匂いで、思わず大きく息を吸う。

(ここは……)


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

雪は静かに降りつもる

レエ
BL
満は小学生の時、同じクラスの純に恋した。あまり接点がなかったうえに、純の転校で会えなくなったが、高校で戻ってきてくれた。純は同じ小学校の誰かを探しているようだった。

それはきっと、気の迷い。

葉津緒
BL
王道転入生に親友扱いされている、気弱な平凡脇役くんが主人公。嫌われ後、総狙われ? 主人公→睦実(ムツミ) 王道転入生→珠紀(タマキ) 全寮制王道学園/美形×平凡/コメディ?

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした

月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。 人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。 高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。 一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。 はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。 次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。 ――僕は、敦貴が好きなんだ。 自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。 エブリスタ様にも掲載しています(完結済) エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位 ◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。 応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。 ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。 『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

処理中です...