月夜のさや

蓮恭

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23. お葬式

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 祖母の家で一人待機していた。一時間待っても二時間待っても祖母は帰らない。
 俺がいつまでも帰宅しないから、両親が心配しているんじゃないだろうか? すぐ近くの自宅に帰った方がいいのだろうか。いや、でも祖母はここで待てと言った。

「紗陽は……さやはどうなったんだろう……」

 頭から血を流していた二人、もし死んでしまったらどうしよう。怖い。

 ガラガラッと引き戸の開く音がした。すぐに居間から飛び出して玄関に向かう。そこには祖母と父親が立っていた。二人とも怖い顔をしてこちらを睨んでいるように見えたから、思わず一歩後ずさる。

「桐人、今からお葬式をする事になった。お前も現場を見てしまったのなら、参加しないといけない。いいか、今から見たこと、聞いたことは絶対に子ども達に話してはいけない。大人だけのお葬式だ。分かったな?」

 よく見れば、父親と祖母は泣いていた。泣くのを我慢しているから、睨んだように見えたんだ。辛いことを必死で堪えるように、二人は涙を流しながら口元をぎゅっとしている。

「お葬式って……誰の……? まさか……さや……」
「桐人ちゃん。お葬式をするのはあの村長の息子だよ」
「じゃあ……、じゃあ紗陽は……⁉︎ さやは大丈夫なんだね?」

 父親は大きく頷いた。俺はそれを見てホッとしたからか、足ががくりと折れて廊下に座り込んでしまった。けれど、すぐにお葬式をしないといけないと言われて二人に連れ出されて外に出る。

「どこでお葬式するの?」

 お葬式といえばお寺とか? 雫山村のお寺ってどこにあるんだろう? この村でお寺のようなものはまだ見た事は無かった。

 父親は歩くのが遅い俺と祖母を置いて、準備もあるから先に向かうと言った。祖母と俺は並んで坂道を歩く。子ども達の姿は無い。もう辺りはとっくに暗かった。闇夜の中で目立つ明かり……神社の境内に明々と灯りが点いている。誰かいるのかな?

「お葬式は雫山神社で執り行うんだよ。それと……桐人ちゃん、今からとても大切な事を言うからね。よく聞いておくんだよ。村長の息子のお葬式が終わったら、神子の神事をしないといけない。本当は十日後だったけれど、事情が変わったから。神子が怪我をしたから早める事になったんだよ」
「お葬式の後に、神事を……? でも、紗陽は怪我をしているのに、踊ったりできるの?」

 俺の知っているミコさんのお祭りと言えば、白と赤の服を着て踊ったりしているところで、怪我をしている紗陽が出来るとは思えなかった。

「……雫山村の神事はちょっと特別なんだ。本当は子どもが見てはいけない。大人になったら教えてもらえる内緒の事。でも、今回は桐人ちゃんが神子が怪我をするところを見てしまったからね。だから桐人ちゃんも参加しないといけなくなったんだ。ごめんね……ごめんねぇ」

 よく分からないけれど、俺が紗陽が怪我するところを見たから神事に参加しないといけなくなった? 本当は大人しか参加できない秘密の行事……。まだそんなに寒い時期ではないのに、立派な神社の鳥居をくぐる時に突然背筋がうすら寒いような気がした。

「それと、今日の事は誰にも話してはいけないよ」
「誰にもって……?」
「今日の事は明日から無かったことになるんだ。夢を見ていたのだと思わないと、お葬式というのは辛いからね。おばあちゃんと約束しておくれ。明日になったら全部忘れる、いつも通りの日々が始まるんだ。いいね?」

 お葬式は辛いから、早く忘れようって事か。俺にとってははじめてのお葬式だから、色々言われても何が何だか分からなかった。ただ、とにかく祖母が俺の事をとても心配しているのだけは伝わる。だから俺も「分かった」と言って大きく頷いた。

 松明や提灯によって明るく照らされた神社の境内には、多くの大人たちがいた。見た事がない人も多い。皆俺の姿を見るなりギョッとして、それから目を逸らすかヒソヒソと内緒話をする。それに気づいた祖母がひと睨みすると、皆罰が悪そうに会釈する。どうやら祖母はこの村で偉い人らしい。それでもやっぱり居た堪れなくなって小さく身体を丸めながら、本殿に続く石畳の上を歩いた。

 雫山神社には何度も来た事があるけれど、いつも本殿はガッチリと鍵が閉められていて、入ることも中を覗く事もできないようになっていた。
 常に宮司がいるわけではない神社だから仕方ないのかなと思っていたけれど、今日は祖母に続いて初めて本殿へと足を踏み入れる。
 木がふんだんに使われた本殿はとても立派だった。左右と奥に真っ白な幕が張られていて、その向こうはどうなっているのか分からない。そこには大人達の中でも黒い服を着た人達ばかりが集まっている。

「すみこさん、申し訳ない。愚息のせいでこんなに小さな子どもが……」

 村の広報に掲載された写真で見た事がある村長さんが近づいてきて、俺の手を握りながら頭を下げた。大人に土下座みたいにされると何だか怖い。隣に立つ祖母の方を見ると、冷たい目で村長を見ていた。

「起こってしまった事は仕方ない。二度とこのような事がないように。大人になるまでこの村の子ども達は何としても守らねばならんという事を、皆が絶対に忘れんようにしよう」
「ごめんなぁ、桐人くん、ごめんなぁ。許してくれよぉ」

 村長さんというのはこの村で一番偉い人なのに、俺や祖母に土下座して涙を流している。カモのお父さんなのに、息子が死んだ事は悲しくないのかな? とにかく何度も謝られた。俺は急に怖くなって、思わず祖母の手をぎゅっと握った。

「桐人ちゃん、大人になるまで知らんでええ事を今から知る事になる。辛いけれど……我慢して、おばあちゃんに掴まっておいでね」
「……うん」

 祖母と並んで本殿の奥へと進む。板の間はツルツルで靴下が滑りそうだ。薄暗い本殿の中は提灯だけの明かりで照らされている。

「さぁ、本殿に入れよ。神事をはじめるぞ」

 どこかのおじさんが外にいる皆に声をかけた。でも、神事……? お葬式は?






 
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