23 / 30
23. お葬式
しおりを挟む祖母の家で一人待機していた。一時間待っても二時間待っても祖母は帰らない。
俺がいつまでも帰宅しないから、両親が心配しているんじゃないだろうか? すぐ近くの自宅に帰った方がいいのだろうか。いや、でも祖母はここで待てと言った。
「紗陽は……さやはどうなったんだろう……」
頭から血を流していた二人、もし死んでしまったらどうしよう。怖い。
ガラガラッと引き戸の開く音がした。すぐに居間から飛び出して玄関に向かう。そこには祖母と父親が立っていた。二人とも怖い顔をしてこちらを睨んでいるように見えたから、思わず一歩後ずさる。
「桐人、今からお葬式をする事になった。お前も現場を見てしまったのなら、参加しないといけない。いいか、今から見たこと、聞いたことは絶対に子ども達に話してはいけない。大人だけのお葬式だ。分かったな?」
よく見れば、父親と祖母は泣いていた。泣くのを我慢しているから、睨んだように見えたんだ。辛いことを必死で堪えるように、二人は涙を流しながら口元をぎゅっとしている。
「お葬式って……誰の……? まさか……さや……」
「桐人ちゃん。お葬式をするのはあの村長の息子だよ」
「じゃあ……、じゃあ紗陽は……⁉︎ さやは大丈夫なんだね?」
父親は大きく頷いた。俺はそれを見てホッとしたからか、足ががくりと折れて廊下に座り込んでしまった。けれど、すぐにお葬式をしないといけないと言われて二人に連れ出されて外に出る。
「どこでお葬式するの?」
お葬式といえばお寺とか? 雫山村のお寺ってどこにあるんだろう? この村でお寺のようなものはまだ見た事は無かった。
父親は歩くのが遅い俺と祖母を置いて、準備もあるから先に向かうと言った。祖母と俺は並んで坂道を歩く。子ども達の姿は無い。もう辺りはとっくに暗かった。闇夜の中で目立つ明かり……神社の境内に明々と灯りが点いている。誰かいるのかな?
「お葬式は雫山神社で執り行うんだよ。それと……桐人ちゃん、今からとても大切な事を言うからね。よく聞いておくんだよ。村長の息子のお葬式が終わったら、神子の神事をしないといけない。本当は十日後だったけれど、事情が変わったから。神子が怪我をしたから早める事になったんだよ」
「お葬式の後に、神事を……? でも、紗陽は怪我をしているのに、踊ったりできるの?」
俺の知っているミコさんのお祭りと言えば、白と赤の服を着て踊ったりしているところで、怪我をしている紗陽が出来るとは思えなかった。
「……雫山村の神事はちょっと特別なんだ。本当は子どもが見てはいけない。大人になったら教えてもらえる内緒の事。でも、今回は桐人ちゃんが神子が怪我をするところを見てしまったからね。だから桐人ちゃんも参加しないといけなくなったんだ。ごめんね……ごめんねぇ」
よく分からないけれど、俺が紗陽が怪我するところを見たから神事に参加しないといけなくなった? 本当は大人しか参加できない秘密の行事……。まだそんなに寒い時期ではないのに、立派な神社の鳥居をくぐる時に突然背筋がうすら寒いような気がした。
「それと、今日の事は誰にも話してはいけないよ」
「誰にもって……?」
「今日の事は明日から無かったことになるんだ。夢を見ていたのだと思わないと、お葬式というのは辛いからね。おばあちゃんと約束しておくれ。明日になったら全部忘れる、いつも通りの日々が始まるんだ。いいね?」
お葬式は辛いから、早く忘れようって事か。俺にとってははじめてのお葬式だから、色々言われても何が何だか分からなかった。ただ、とにかく祖母が俺の事をとても心配しているのだけは伝わる。だから俺も「分かった」と言って大きく頷いた。
松明や提灯によって明るく照らされた神社の境内には、多くの大人たちがいた。見た事がない人も多い。皆俺の姿を見るなりギョッとして、それから目を逸らすかヒソヒソと内緒話をする。それに気づいた祖母がひと睨みすると、皆罰が悪そうに会釈する。どうやら祖母はこの村で偉い人らしい。それでもやっぱり居た堪れなくなって小さく身体を丸めながら、本殿に続く石畳の上を歩いた。
雫山神社には何度も来た事があるけれど、いつも本殿はガッチリと鍵が閉められていて、入ることも中を覗く事もできないようになっていた。
常に宮司がいるわけではない神社だから仕方ないのかなと思っていたけれど、今日は祖母に続いて初めて本殿へと足を踏み入れる。
木がふんだんに使われた本殿はとても立派だった。左右と奥に真っ白な幕が張られていて、その向こうはどうなっているのか分からない。そこには大人達の中でも黒い服を着た人達ばかりが集まっている。
「すみこさん、申し訳ない。愚息のせいでこんなに小さな子どもが……」
村の広報に掲載された写真で見た事がある村長さんが近づいてきて、俺の手を握りながら頭を下げた。大人に土下座みたいにされると何だか怖い。隣に立つ祖母の方を見ると、冷たい目で村長を見ていた。
「起こってしまった事は仕方ない。二度とこのような事がないように。大人になるまでこの村の子ども達は何としても守らねばならんという事を、皆が絶対に忘れんようにしよう」
「ごめんなぁ、桐人くん、ごめんなぁ。許してくれよぉ」
村長さんというのはこの村で一番偉い人なのに、俺や祖母に土下座して涙を流している。カモのお父さんなのに、息子が死んだ事は悲しくないのかな? とにかく何度も謝られた。俺は急に怖くなって、思わず祖母の手をぎゅっと握った。
「桐人ちゃん、大人になるまで知らんでええ事を今から知る事になる。辛いけれど……我慢して、おばあちゃんに掴まっておいでね」
「……うん」
祖母と並んで本殿の奥へと進む。板の間はツルツルで靴下が滑りそうだ。薄暗い本殿の中は提灯だけの明かりで照らされている。
「さぁ、本殿に入れよ。神事をはじめるぞ」
どこかのおじさんが外にいる皆に声をかけた。でも、神事……? お葬式は?
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
どんでん返し
井浦
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~
ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが…
(「薪」より)
virtual lover
空川億里
ミステリー
人気アイドルグループの不人気メンバーのユメカのファンが集まるオフ会に今年30歳になる名願愛斗(みょうがん まなと)が参加する。
が、その会を通じて知り合った人物が殺され、警察はユメカを逮捕する。
主人公達はユメカの無実を信じ、真犯人を捕まえようとするのだが……。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

消えた弟
ぷりん
ミステリー
田舎で育った年の離れた兄弟2人。父親と母親と4人で仲良く暮らしていたが、ある日弟が行方不明に。しかし父親は何故か警察を嫌い頼ろうとしない。
大事な弟を探そうと、1人で孤軍奮闘していた兄はある不可思議な点に気付き始める。
果たして消えた弟はどこへ行ったのか。
マクデブルクの半球
ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。
高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。
電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう───
「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」
自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる