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12. 綾川紗陽
しおりを挟む「綾川は一年の頃からずっと学級委員なんだよな。あいつは神子だから、学校だって特別扱いだし。俺らだって大人から『綾川の娘には失礼をするな』って散々注意されるし」
「そうなの? この村の神子ってそんなに偉いんだ」
丸本の話によると、さやはかなり特別扱いを受けているようだ。だからあんな夜遅くに外を出歩くほどストレスが溜まったり、親と喧嘩したりするのかも知れない。
「『神子様がいらっしゃるから、雫山村はは静かに過ごせるんだ』ってばあさんやじいさんは特にうるさいよなぁ」
丸本はそう言って三谷の方を見やった。三谷は「仕方ないな」という風に首を振ってから俺の方を向く。どうやら何らかの説明してくれるようだ。
「昔は災いが起こって村が流されたり、多くの人が亡くなったりしたんだって。多分土砂災害だとか、地震とかそういうのだと思うけど、それを鎮める役目が神子なんだ。この村に神社があるだろう? 雫山神社、あそこで今年の秋に神事が執り行われるんだよ」
「雫山神社は、俺の家のすぐ近くだ。それって毎年あるわけじゃないのか? 秋祭りみたいに」
あの神社にそういう謂れがあったのか。丸本が三谷の話に割り込むように、俺の家の場所について食いついてくる。丸本にとっては風習よりもその方が気になるらしい。
「天野んち、神社の近くなのか! 今度神社で遊ぶ時には呼びに行くからな!」
「うん、ありがとう」
丸本の子どもっぽいところは年相応で、三谷の落ち着いたところはどちらかというと俺と似ているかも知れない。三谷は丸本の様子に「困ったもんだ」という顔をしてから話を続けた。
「秋祭りはまた別にあるよ。その神事に関してはある年とない年があるんだ。今年は神子が満十一歳になる年だからあるらしい」
「どんな事をするんだ?」
「さあ? 大人しか参加出来ない神事だから。それに、その神事の内容は子どもには話したらいけないんだって。だから僕も教えてもらってないんだ」
よく分からない風習だけど、田舎にはこういった昔ながらの風習は多いのかも。なかなか面白い。
開け放たれた窓の外からは校庭で走り回る生徒たちの声が聞こえてくる。うるさいほどに声を張る蝉達も、もうすぐ死んでしまうんだろう。そろそろ昼休みが終わるから、教室に戻らないといけない。
「ありがとう。もうすぐ昼休みが終わるよね? 教室に戻らないと」
「借りるもの決めた?」
「うん、これとこれにするよ」
三谷は一冊だけ借りるようだ。丸本は歴史の漫画を本棚に返しに行く。どうやら借りる気はないらしい。
俺は海外のミステリーと、日本作家のトラベルミステリーを借りることにした。図書委員の当番だという生徒が待つカウンターに行き、貸し出しカードを提出して判を押してもらう。
「丸本くんと三谷くんのお陰で本が借りられて良かったよ。ありがとう」
「大した事ないよ。僕も読書が好きな友達が出来て嬉しいな。丸本は本なんか読まずに歴史漫画ばっかりだし」
「おい、三谷! 漫画だってな、図書室に置いてるんだから読んだっていいんだよ!」
「まぁそうだね、それは確かに。でも僕は本について語れる友達が出来て嬉しいって話をしてるんだよ」
この二人を見ていると、全然キャラが違うのに上手く噛み合って仲が良いのが分かる。
「天野、俺だって漫画だけじゃなくて色々読んでるんだぞ。怖い話とか」
「そういうの、面白いよね」
「だろ? ほら、三谷。ちゃんと天野には伝わってるぞ」
コントみたいな二人のやりとりは見ていて心地よい。転校初日に二人と仲良くなれたのはラッキーだった。戻る時にも妹の教室を覗いたが、何人かの女子と楽しそうに笑っていた。聞けばやはりその中には三谷と丸本の妹もいると言う。
教室に戻るとさやは席についていた。周囲には女子達もいないし、隣の席だから声を掛ければすぐ話せる距離だ。「今しかない」と思って勇気を出して声を掛けてみる。
「さや……」
思いもよらず小さな声になったけれど、しっかりとさやの耳には届いたようだ。だけどさやは怪訝そうな顔をしてこちらをじっと見つめている。
「確かに私の名前は綾川紗陽だけど……。天野くん、誰かから聞いたの?」
心底分からないと、それどころかまるでこちらが変態かのように疑うような視線を向けられた。さやから名前を教えてくれたのに、どうしてそんな顔をするんだろう。もしかして、あの夜に会ったことを秘密にしなければならないからか? けれど、クラスメイトが俺達の会話を聞いている様子はない。
「ご、ごめん。たまたま知ったんだけど、さやって綺麗な名前だなって思って」
「そう? ありがとう。天野くんって、どこの街から来たの?」
それからチャイムが鳴るまで、さやと俺は前の学校の話とか、住んでたところの話をした。その頃にはさやも笑顔で応えてくれて、何となくはじめの雰囲気の悪さはなくなって安心する。
けれどやはりさやは徹底して今日初めて会ったような態度をする。まるで本当に今日初めて会ったかのように。
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