月夜のさや

蓮恭

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7. 家出の意味

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 あれ以降、毎日窓の外の林を睨み続けてみたものの、さやが現れる事はなかった。
 また親から怒られて、夜は外に出れないように厳重に戸締まりをされているのかも。そう思って、夏休み明けに教室でさやに会えるのを楽しみにしていた。

「家出仲間……か」

 前の学校の時でも、父親と喧嘩した俺はすぐに家を飛び出して、友達の家に行ったり公園で時間を潰したりしていた。あんまり夜遅くなると流石に友達の家にも行けなくて、公園のベンチから目の前に立つ時計をじっと睨みつけていた。
 やがて八時くらいになると母親が公園に俺を探しに来て、本当は嬉しい癖にさも渋々と言った表情と態度でそれを出迎える。そこまでがお決まりだった。

「家出なんて、探しにきてくれる人がいるから意味があるのに」

 結局俺はどんなに大人ぶったって小学五年生でしかないんだ。両親に愛されたい、妹の明日香だけじゃなくて自分も見て欲しい。
 いつまでも意地を張ったってこんな家出は意味がない。探しに来てくれる人がいなければ虚しいだけだった。

「ばあちゃん、俺家に帰るよ。明日から学校だしさ」
「そう? おばあちゃんも一緒に行ってあげようね」
「うん、ありがとう」

 こうして俺は夏休みの家出を自分から終了させた。一人で帰るのは気まずかったから、祖母がついてきてくれると聞いてホッとした。
 いつの間にか祖母が家から取って来てくれていた着替えをビニール袋に詰めて、今日は林の中を突っ切らずに祖母と並んで緩やかな坂を登って家に帰る。

「ばあちゃん、あそこにあるお地蔵さんって何?」
「あれは、かたあれ地蔵だよ」
「かたあれ地蔵?」

 祖母はその地蔵の前へ着くと、手を合わせてボソボソと何かを唱えている。何を言っているのか俺には聞き取れなかったけれど、同じ言葉を何度も言っているように聞こえた。

「ばあちゃん、何て言ってるの?」
「……大人になったら教えてあげるよ。子どもは何も言わずに手を合わせるだけで大丈夫だから」
「そうなんだ」

 祖母の顔を見て「これ以上聞くな」というセンサーが働いた俺は、黙って手を合わせるだけにした。

 随分と古めかしい地蔵は、ところどころ色が白っぽくなっていたり、苔が生えたりしている。
 けれど赤い前掛けと帽子だけは新しく、最近誰かが作ったみたいだ。そういえばこないだ見た時は帽子は無かったはず。

「さ、行こうか」

 祖母は何事かを長くボソボソと呟いていたけれど、やっと立ち上がって家へと向かう。久しぶりに玄関側から見る家が見えてきたら、少しずつ胸が締め付けられるように苦しくなった。知らず知らずのうちに息が浅くなる。

「この家はおばあちゃんの従兄弟の孫が住んでたんだけどねぇ。従兄弟が建て直しをして綺麗にしてやったのに、出て行っちゃったから勿体無かったけど……。桐人ちゃん達が住んでくれて良かったわぁ」

 突然話始めた祖母の声にハッとして、それから息が大きく吸えるようになる。そういえば遠い親戚が住んでいた家だと聞いていた。

「どうして出て行ったの?」

 別に難しい質問をしたわけではないはずなのに、祖母は悲しげな表情をして口を歪めた。

「その夫婦には子どもが出来なくてねぇ、わざわざ街の病院まで行って不妊治療をしたんだよ。あ、赤ちゃんが生まれやすくする為にお医者さんに診てもらったって事だね」
「じゃあ遠い街の病院に通う為に出て行ったの?」
「いや、はじめはここで子育てをするつもりだったんだろうよ。自然の多い田舎で子育てをしたいって、夫婦はわざわざその為に街から引っ越してきたんだから」

 それじゃあ何故わざわざ田舎に来た夫婦は再び出て行ってしまったのだろう? 

 明日香みたいに身体が弱い子どもは、こういう田舎の方が身体に良いと決断した頃に両親が話していた言葉の数々が頭をよぎった。「俺たちは大丈夫だ」俺が既に寝ていると思った父親が、夜中のリビングでそう母親に向かって言っていた事を思い出す。

「ばあちゃん、どうして……」

 そう問いかけようとした時、玄関から母親と妹が出て来たので、会話はそこで終わりになった。




 
 




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