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5. 寂しい心
しおりを挟む祖母の家を出る時に、鍵を持っていない事に気づいたが、どうせすぐに帰るから大丈夫だろうと鍵を閉めずに出かけた。チャイムと同時に引き戸を開けるような田舎なのだから、鍵なんか夜でもない限り掛けないだろうと。
家は見えるほどすぐ近くにあるのだし、また神社の林を突っ切って行けばせいぜい片道三、四分だ。
祖母の家と同じ青い瓦屋根の家は、ここに引っ越す時に遠い親戚一家が住んでいたものを、父親が買ったらしいというのは何となく知っていた。
街ではマンション暮らしだったから、母親も妹も一軒家にはしゃいでいたのを思い出す。庭に綺麗な花を植えようかなどと話していた。
林の中を走り抜けながら女の子の姿を探したが勿論いるわけもなく、夏の暑い中には出てこないだろうなと、自分に言い聞かせる。
「明日香! お昼ご飯お素麺でいい?」
「うん! ねえ、お母さん。お兄ちゃんは? まだ帰って来ないの?」
網戸にしている窓の奥から、母親と妹が話しているのが聞こえてきた。自分のいない所で話される自分の事を聞くのはどこか後ろめたい気持ちになる。
「桐人はここよりおばあちゃんちの方がいいのかしらねぇ。昔っからお父さんと喧嘩ばかりだし。この村に来てお父さんも役場の仕事が忙しそうだから、余計にイライラしてるのかもね」
「でも……、私のせいでお兄ちゃんとお父さんが喧嘩したんでしょ?」
「明日香のせいじゃないわよ。桐人は反抗期ってやつなの。大人になる為の通過儀礼みたいなものね」
別に母親に心配してもらおうなんて思ってなかった。……いや、本当はちょっとくらい気にかけてもらいたかった気持ちはあったかも。でも、やっぱりこの家には自分の居場所がないようなそんな気がして悲しくなった。
「つうかぎれい? 何それ?」
「まぁ、大人になる準備みたいなもの。ちょっとずつ大人になっていくんだけど、まだ子どもだから上手くコントロール出来ないの。こういう時期はゆったり構えるのが大事って聞いたから、おばあちゃんちがいいならその方が桐人にとって楽なのよ」
ゆったり? 母親はゆったり構えてるつもりだったんだ。俺からすれば、もう放置されてるのと変わらないと思ってたけど。
「ふうん。お母さん、私なんかお腹空いたよー」
「じゃあ、さっさとお素麺作っちゃおう。お庭のネギ切ってこようか?」
「ネギー! 私が切りたい!」
なんだか馬鹿馬鹿しくなって、くるりと家に背を向けた。ちょっとくらいは心配してくれてると期待していたのに、母親と妹が普通通りに生活しているのが無性に腹が立った。
「くそっ……」
家の向こう側でガチャリと玄関のドアが開く音がしたから、俺はまた神社の横の林の中を突っ切って祖母の家へと向かった。
昼間の太陽の暑さも、この鬱蒼と木々が生い茂る林の中ではヒヤリと涼しく感じる。ところどころに夏の昼間なのに暗くどんよりとした場所もあって、どこか不気味だ。
林の横にある小さな神社は常に神主がいるわけではないらしく、普段は社務所らしき場所も閉じられていた。
見える限り人っ子一人居ない神社は寂しげで、どんな神様がいるのかも知らないけれど、ここに引っ越した初日には両親と一緒にお参りに来た。古い境内は誰が掃除しているのかは分からないけれど、落ち葉もなく綺麗に保たれていたのが印象的だった。
サクサクサク……と積もった落ち葉を踏み締めながら祖母の家を目指す。こんなに近くにあるのに、自分の家が何故か遠く感じた。
夏休み明けまであと一週間。それまでにあの子にもう一度でも会えるだろうか……。
「綾川さん……か」
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