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3. 綾川さんちの神子
しおりを挟む「う、わあぁっ⁉︎」
自分の叫び声に驚いて目を覚ますと、初めに見えたのは何かを叫ぶような顔にも見える木目の天井だった。自分でもどうして叫んだのかは分からないが、とにかく動悸が激しく息苦しい。バクバクという効果音がピッタリなほどに心臓が躍っていた。
そこで初めて自分が夢を見ていたのだと知る。先程まで自分の目の前に居た、髪の毛の長い女の子のような形をした真っ黒の塊。あれは恐ろしい化け物に見えた。
昨日あの女の子に会ったのは、確かに現実だったんだろうか。今ではもうあの子の存在が、夢か現実か分からなくなってしまった。
綺麗な顔をしたあの女の子は、本当に人間だった……?
上半身を起こしてあたりを見渡すと、見慣れない場所で一瞬ドキリとする。
「そうか、ばあちゃんちか……」
寝ていたのは仏間の布団で、左を向くと既に線香の上がった仏壇が見えた。スウウッと、白線のような煙が立ち上っている。どうやらもう祖母が朝のお経をあげたらしい。
前に泊まりに来た時は、朝から恐怖動画のバックミュージックみたいなお経が聞こえてきて一気に目が覚めたのだが、今日は全く気づかなかった。
「桐人ちゃん、起きたの?」
「うん、おはよう」
「朝ご飯出来ているから食べなさい」
「はーい」
モゾモゾと布団から起き上がってすぐに、昨日は風呂に入らないまま寝てしまった事を思い出す。気になってTシャツをグイッと引っ張り背中の方を見てみたら、案の定土と落ち葉の屑が付いていた。白いシーツの敷かれた布団の背中と尻の部分も、薄黒く汚れてしまっている。
「ばあちゃん、ごめん。布団汚しちゃった」
「あらあら、おねしょした訳じゃないんでしょうねぇ?」
謝罪の言葉を口にしながら食卓につくと、祖母が味噌汁を注ぎながら笑顔の皺を深くする。
「ま、まさか! 昨日転んで服が汚れてたから、土がついちゃっただけだよ!」
「大丈夫。今日は天気がいいから、洗濯すればすぐに乾くわよぉ」
「うん、手伝うよ。ごめん」
祖母になら自然とそう言えるのに、両親に対してはわざと反抗したくなってしまう。けど、妹の事ばかり大事にする両親になんて、優しく出来なくて当然だ。
「そうだ、ばあちゃん。この近くに住んでて、髪の毛がめちゃくちゃ長い女の子って知ってる? お尻くらいまで長い。多分俺と同い年か、少し下くらいかな」
昨日出会った女の子は本当にヒトだったのかと気になったから祖母に確かめる事にした。小さな村だから知らない人間はいないだろうと。
「この辺で髪の毛がお尻くらいまで長い……? うーん、そりゃ綾川さんちの孫かなぁ。桐人ちゃんと同い年よ」
「綾川? その家どこにあるの?」
「綾川さんちは学校の近くだよ。……どこかで会ったのかい?」
祖母の声が少し低くなった気がして、何となく昨夜の事を話すのが憚られた俺は、適当に誤魔化してしまった。女の子が夜遅くに出歩いているなんて、もしかしたら俺と同じ理由かも知れない。
「いや、ここに来て見かけた事があるだけだよ。あんまり髪の毛が長いからびっくりしてさ」
「あの子は神子だからねぇ。生まれてからずっと髪を伸ばしてるのよ」
「みこ? 神社の関係なの?」
「まあそんなもんさ。さぁさぁ、早く食べておしまいなさい」
今まで別に暮らしていたこの祖母とはまだそこまで親しくないが、それでもこの話をさっさと切り上げたがっている事は感じ取れた。
「ありがとう、ばあちゃん」
「いえいえ。ちゃんとお礼が言えて、桐人ちゃんは賢い子だねぇ」
「そんな事ないよ」
周囲からは『子どもらしく無い大人びた考えをする子』と、つまりは可愛げが無いとよく言われる俺は、相手の感情の機微を捉えるのが友達よりは得意だと思う。
幼い頃から大人びた本ばかりたくさん読んで、難しい言葉や言い回しをして周囲が感心する事を喜んでいた時期があった。今思えば少し恥ずかしいけれど、その時はそれがかっこいいのだと思っていたのだから仕方がない。
あの頃は、そうすれば母親が「すごいね」と褒めてくれていたから。妹の明日香ばかり見ないでこちらを向いて欲しいと必死だった。
けれどその大人びた態度のせいで、余計に両親と上手く付き合う事が出来なくなった事は、あの頃の俺にとって大きな誤算だと思う。
もっと子どもらしい子どもなら、両親は明日香だけでなく俺のことも今よりは多少は気にかけてくれたのかも知れないのだから。
「ねぇ、桐人ちゃん。困った事があったらおばあちゃんにも相談してねぇ。突然こんな田舎に来て心細い事もあるでしょう?」
「ありがとう。父さん達は明日香の事で忙しいみたいだから。それなら俺は、ばあちゃんを頼る事にするよ」
またつい大人ぶった言い方をしてしまう。こんな言い方をしたって、もう誰も褒めてくれる事も無ければ逆に『可愛げがない』『生意気』だなんて言われるのに。
「まぁまぁ。桐人ちゃんはまだ小学五年生なのに、大人みたいにしっかりしてるのねぇ。さすが街の子は違うわぁ」
祖母はどこか気遣うように俺の話し方を褒めた。いい人だけど、急に近くに住む事になった孫に対して、どのような態度をしたらよいのかと少し戸惑っているのが分かった。
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