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10. 藤森といるのは心地良い
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新学期が始まってすぐに藤森が出場した大会は、四本の矢の内三本を的に当てれば予選通過だったところを、本人曰く集中力が途切れたとかで二本しか命中しなかった。
その日も俺は大会が行われる県外の武道館まで応援に行っていた。「予選落ちで早く終わったから遊びに行こう」と言う藤森の希望で、近くの有名観光地を二人で回る。
「こういうところデートするのもいいよね。卒業したら、二人で旅行とか行けるかな?」
「近場だったら行けるだろ」
「そうだね、温泉とかも楽しそう! 部屋に露天風呂付いてるところとか行ってみたいなぁ」
大会の結果に落ち込んでいるんじゃないかと心配したが、やれるだけの事はやったからと吹っ切れている様子だった。
ここまで大会に進めただけでも満足だと言う藤森の表情は本当に明るかった。
「あ、そうだ。今度の日曜日に私の家に来ない?」
「いいけど。何か……手土産とか、持ってった方がいいよな?」
以前藤森から母親に俺達の事を話したと聞いた時から、こういう時にどうしたらいいかをスマホで調べたりしていた。
スマホが無かった時には施設の共有パソコンで調べ物をしたりしていたが、今はスマホのお陰でこういう恥ずかしい疑問も気兼ねなく調べられる。
「手土産? いらないよぉ。え、でもそういうのあった方がいいの? 悠也、よく知ってるね」
「いや……別に……」
自分が藤森の母親に会うのに張り切って調べていたなんて、照れ臭くて知られたく無かった。
藤森といると、今まで経験した事がないような事がたくさんあるから俺は戸惑ってばかりだ。
「もしかして、調べてくれた……とか?」
本当にコイツは……何でそんな事が分かるんだよ。
「まぁ……スマホがあるから調べたらすぐ分かるし。藤森のお母さんには、出来れば良く思ってもらいたいだろ」
大人に嫌われたくない、良く思ってもらいたい、特に藤森の家族には。でも施設育ちで捨て子の俺を受け入れて貰えるんだろうか。
「ゆうやぁ……」
「う、わっ! 何やってんだよ⁉︎」
藤森の希望で訪れた植物園の一角で、いくら人が少ないエリアとはいえ日曜日の昼間に抱きついてきた藤森は涙ぐんでいる。
そういう表情をされると無理に引き剥がす訳にもいかず、俺は細い背中をポンポンと叩いてやった。
「だって……嬉しいの。悠也、好き」
「うん、分かったって。ほら、人が来そうだから行くぞ」
「もぉー、こういう時は悠也も好きって言ってよねー」
そうやってブツブツ言う藤森の手をこちらからキュッと握ってやると、途端に嬉しそうな顔をする。藤森のこういう分かりやすいところが俺にとっては一緒にいて心地良い。
その後は色とりどりに咲き誇る秋の花を見てはしゃぐ藤森の隣で、俺自身も自然と笑顔になり十分に楽しんだ。
結局初めて藤森の家を訪れた時、俺はいつにない緊張で手土産を施設に忘れてしまう。藤森は笑いながらその事情を母親に話してくれたけど、俺は初っ端からやらかしてしまった事に落ち込んでいた。
「悠也が緊張するなんて珍しいねぇ」
「……悪い」
三人で一時間ほど会話をした後、長くじっとしていると足が浮腫むからと一旦自室に戻った母親は、ピンと背筋が伸びるような凛とした雰囲気の人だった。
俺達も二階にある藤森の部屋へと移動して、早速ローテーブルに突っ伏して落ち込む俺を藤森が慰める。
「でもさ、それだけちゃんと考えてくれてたって事だから嬉しいな」
「まぁ、それはそうだけど。けどカッコ悪いだろ」
「ふふっ、悠也も人間らしい表情するようになったねぇ」
「人間らしい?」
そう言われてやっとテーブルから顔を上げる。藤森は頬杖をついて向かい側に座っていた。
背後に見えるカーテンが薄いピンク色をしているからか、藤森の顔がいつもより柔らかな表情に見える。
「初めて会った時、いつも何もかもに冷めてる感じで寂しそうな顔をしてたけど。今は笑ったり怒ったり、色んな顔見せてくれるようになったね。考えてる事が顔に出てる」
「藤森がそうさせてるんだろ」
「あ、珍しく素直だ。そうそう、私が悠也を人間らしくしてるの。それってどんな気持ち? 不快? それとも……」
藤森といると自分の心が安らぐのが分かる。捻くれた考えしか出来なかったはずの自分、感情を押さえつけていた自分が素直に気持ちを表せるようになった。して欲しい事、したい事がちゃんと伝えられるというのは心地良い。
「藤森といるのは心地良い。これまでに無いくらい、毎日が充実してると思う」
何とか絞り出した言葉は、俺にとって精一杯の告白のようなものだった。「好き」という言葉より、余程大きな気持ちを表す言葉のつもりで。
「そっか……良かった」
そう言って藤森はとても穏やかな顔で笑う。俺は自分の気持ちがちゃんと伝わったのだと思い、心底ホッとする。
それからというもの、学生で金も無い俺達は日曜日になると藤森の家で過ごす事が増えた。
その日も俺は大会が行われる県外の武道館まで応援に行っていた。「予選落ちで早く終わったから遊びに行こう」と言う藤森の希望で、近くの有名観光地を二人で回る。
「こういうところデートするのもいいよね。卒業したら、二人で旅行とか行けるかな?」
「近場だったら行けるだろ」
「そうだね、温泉とかも楽しそう! 部屋に露天風呂付いてるところとか行ってみたいなぁ」
大会の結果に落ち込んでいるんじゃないかと心配したが、やれるだけの事はやったからと吹っ切れている様子だった。
ここまで大会に進めただけでも満足だと言う藤森の表情は本当に明るかった。
「あ、そうだ。今度の日曜日に私の家に来ない?」
「いいけど。何か……手土産とか、持ってった方がいいよな?」
以前藤森から母親に俺達の事を話したと聞いた時から、こういう時にどうしたらいいかをスマホで調べたりしていた。
スマホが無かった時には施設の共有パソコンで調べ物をしたりしていたが、今はスマホのお陰でこういう恥ずかしい疑問も気兼ねなく調べられる。
「手土産? いらないよぉ。え、でもそういうのあった方がいいの? 悠也、よく知ってるね」
「いや……別に……」
自分が藤森の母親に会うのに張り切って調べていたなんて、照れ臭くて知られたく無かった。
藤森といると、今まで経験した事がないような事がたくさんあるから俺は戸惑ってばかりだ。
「もしかして、調べてくれた……とか?」
本当にコイツは……何でそんな事が分かるんだよ。
「まぁ……スマホがあるから調べたらすぐ分かるし。藤森のお母さんには、出来れば良く思ってもらいたいだろ」
大人に嫌われたくない、良く思ってもらいたい、特に藤森の家族には。でも施設育ちで捨て子の俺を受け入れて貰えるんだろうか。
「ゆうやぁ……」
「う、わっ! 何やってんだよ⁉︎」
藤森の希望で訪れた植物園の一角で、いくら人が少ないエリアとはいえ日曜日の昼間に抱きついてきた藤森は涙ぐんでいる。
そういう表情をされると無理に引き剥がす訳にもいかず、俺は細い背中をポンポンと叩いてやった。
「だって……嬉しいの。悠也、好き」
「うん、分かったって。ほら、人が来そうだから行くぞ」
「もぉー、こういう時は悠也も好きって言ってよねー」
そうやってブツブツ言う藤森の手をこちらからキュッと握ってやると、途端に嬉しそうな顔をする。藤森のこういう分かりやすいところが俺にとっては一緒にいて心地良い。
その後は色とりどりに咲き誇る秋の花を見てはしゃぐ藤森の隣で、俺自身も自然と笑顔になり十分に楽しんだ。
結局初めて藤森の家を訪れた時、俺はいつにない緊張で手土産を施設に忘れてしまう。藤森は笑いながらその事情を母親に話してくれたけど、俺は初っ端からやらかしてしまった事に落ち込んでいた。
「悠也が緊張するなんて珍しいねぇ」
「……悪い」
三人で一時間ほど会話をした後、長くじっとしていると足が浮腫むからと一旦自室に戻った母親は、ピンと背筋が伸びるような凛とした雰囲気の人だった。
俺達も二階にある藤森の部屋へと移動して、早速ローテーブルに突っ伏して落ち込む俺を藤森が慰める。
「でもさ、それだけちゃんと考えてくれてたって事だから嬉しいな」
「まぁ、それはそうだけど。けどカッコ悪いだろ」
「ふふっ、悠也も人間らしい表情するようになったねぇ」
「人間らしい?」
そう言われてやっとテーブルから顔を上げる。藤森は頬杖をついて向かい側に座っていた。
背後に見えるカーテンが薄いピンク色をしているからか、藤森の顔がいつもより柔らかな表情に見える。
「初めて会った時、いつも何もかもに冷めてる感じで寂しそうな顔をしてたけど。今は笑ったり怒ったり、色んな顔見せてくれるようになったね。考えてる事が顔に出てる」
「藤森がそうさせてるんだろ」
「あ、珍しく素直だ。そうそう、私が悠也を人間らしくしてるの。それってどんな気持ち? 不快? それとも……」
藤森といると自分の心が安らぐのが分かる。捻くれた考えしか出来なかったはずの自分、感情を押さえつけていた自分が素直に気持ちを表せるようになった。して欲しい事、したい事がちゃんと伝えられるというのは心地良い。
「藤森といるのは心地良い。これまでに無いくらい、毎日が充実してると思う」
何とか絞り出した言葉は、俺にとって精一杯の告白のようなものだった。「好き」という言葉より、余程大きな気持ちを表す言葉のつもりで。
「そっか……良かった」
そう言って藤森はとても穏やかな顔で笑う。俺は自分の気持ちがちゃんと伝わったのだと思い、心底ホッとする。
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