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10. 悪女は笑う
しおりを挟む「ちょっと! マルク様! 何故お部屋から出たんです? ミカエル様とお話するチャンスだったのに」
「ポーレット、分からないのか? ミカエル様はお前のことはお召しではない。リュシエンヌとの時間を邪魔されたことでお怒りだったんだ」
「はあ? そんなわけないわ! あんな面白みもない色気もない女のどこがいいって言うのよ。私の方が性技に長けているし、こんなに可憐で可愛らしいというのに。きっとお姉様が何かミカエル様に私のことを悪く吹き込んだに違いないわ」
ギャンギャンと喚くポーレットに、マルクも徐々に嫌気がさしてきた。
それでなくとも、せっかくミカエルの機嫌を取って自分の立場を良くしようと婚約者を差し出したのに、この我儘なポーレットのせいで台無しになるところであったのだ。
「とにかく、ミカエル団長には近づくな」
「何故そんなことを言われないといけないの? そんなことは私の勝手でしょ」
「ポーレット、お前が近づくと全てが台無しになりかねないんだよ。せっかくリュシエンヌのことを団長がお気に召してくださったというのに、機嫌を損ねたら俺が婚約者を差し出した意味がないだろう。分かってくれよ。な?」
マルクは通路に誰もいないことをいいことに、ポーレットを抱きすくめて耳元で囁いた。
ポーレットからすればマルクのことは特に慕っているわけでもなく、悦楽に耽る相手としてちょうどよくて義姉であるリュシエンヌを貶めるのにも役立つから誘惑していただけである。
あくまでも結婚相手としては、ミカエルのように有望な美形の高位貴族を考えていたからマルクに対して遠慮する理由もないのだ。
マルクは次男であっても侯爵令息という立場はポーレットの自尊心を満たすには充分魅力的で、体つきも騎士らしい逞しさがあり身体の相性も良かった為に一番優先してきた愛人であったが、ミカエルとの接触を邪魔してくるならば逆に不要な人間である。
「やめて。もう貴方との関係は終わりにするわ」
ポーレットは本気でミカエルを自分のものにする為に、障害でしかないマルクを切る事にした。
「何だと?」
「私はミカエル様のような方との結婚を望んでいるの。貴方の立場なんて別に私にはどうでもいいもの。貴方はお姉様の婚約者でしょう」
そう言って笑うポーレットは、可憐で甘えん坊な印象とは程遠く、毒を身体に宿した美しい花のような禍々しさを感じさせた。
「ポーレット、本気か?」
「あら、私は貴方に本気になどなったことはなくてよ。それは貴方も同じでしょう? それではご機嫌よう」
突然のことに呆然とするマルクをその場に置き去りにして、ポーレットは悠然とその場を後にした。
ポーレットは伯爵家の馬車に乗り、邸に帰ってきた。
「あの憎らしいリュシエンヌが、私のミカエル様を籠絡するなどと許せないわ。ミカエル様も私のことをもっと知ってくださればリュシエンヌなんかより私の方が良いと分かってくださるはずよ」
ポーレットは初めてあのように近くで見たミカエルの美貌を思い出してうっとりと目を細めた。
「それにしても素敵だったわ。整ったお顔立ちに、しなやかな筋肉。美しい銀髪と王家の紫目。どれも私にこそ相応しいものよ」
あの休憩室に入った時、マルクもポーレットもリュシエンヌとミカエルがいかがわしいことをしていると思っていた。
しかし休憩室の寝台はピシッと整えられたままで、二人はソファーに離れて座っていた。
「きっとリュシエンヌの色気のなさに、まだ手を出す気にはならないのね。それとも、ミカエル様は随分と紳士な方なのね。ゆっくりとリュシエンヌとの距離を縮めてその過程を楽しむおつもりなんだわ」
マルクと同じで貞操観念の緩いポーレットはそのようにしか物事を捉えられないでいた。
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