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2. ミカエル騎士団長に取り入ろうとする屑

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 王立図書館はこのダリガード王国中の本という本が集まっていると言われるほど大きな図書館で、ここにない本は近隣諸国でもなかなか見つけることができないと言われている。

「マルク様、もし退屈でしたらあちらのカフェでお待ちいただいてもかまいませんよ」
「ああ、そうだな。図書館の中ならば危険はないだろう。それではそうさせてもらう」

 マルクとさっさと離れたかったリュシエンヌは、カフェで待つように促し、ローランを連れて図書館内部へと入っていった。

「宗教のところはもう先日見たから、次は文学のところで探してみましょう」

 リュシエンヌは最近王立図書館へ入り浸ってとある記録を探していた。

「色々と書いてあるのだけれど、知りたい事はなかなか見つからないわね」
「リュシエンヌお嬢様、もう宜しいじゃありませんか。このまま自然に任せましょう」
「それでも、このままではローランも不便だし私も落ち着かないわ」

 父親であるクレメンティー伯爵が再婚してすぐに、リュシエンヌが幼い頃から仕えてくれていた家令のローランは

 邸内の階段から転げ落ちて打ち所が悪く、そのまま亡くなったのである。

 ローランはリュシエンヌが幼い頃は家令としてだけでなくまるで父親か祖父のように、多忙な伯爵の代わりとしてリュシエンヌの世話をした。
 それはまるで血の繋がった家族のような関係だったのである。

 そのローランの葬儀が終わり自室でリュシエンヌが悲しみに暮れていた時、ハンカチを渡してくれたのがであった。

 はじめは驚いたが、王城勤めの多忙な父親と若くして病で儚くなった母親に代わり、幼い頃から傍にいてくれたローランが再び目の前に姿を現したことはリュシエンヌにとって『幽霊』などという不確かな存在であったとしても心強いことだったのだ。

 それからローランはリュシエンヌの従者のように常に傍で見守ってくれている。 

「リュシエンヌお嬢様、私はこのままずっと幽霊でもいいのです。天国へ行けなくともお嬢様の傍でまだまだ仕えさせていただきますよ」
「ローラン……」

 その日も、『幽霊が天国へ行く方法』が書いてある本は見つからなかった。


 リュシエンヌは王立図書館の目の前にあるカフェで待たせてあるマルクの元へと向かった。

「マルク様。お待たせして申し訳ありません」
「リュシエンヌ! こちらへ来て挨拶を」

 マルクは席で知り合いらしき銀髪の男と話をしていたようで、リュシエンヌが来ると急ぎ挨拶をするように促した。

「失礼いたしました。クレメンティー伯爵が長女リュシエンヌ・ド・クレメンティーと申します」

 リュシエンヌはとても優雅で気品溢れるカーテシーで挨拶を行った。

「リュシエンヌ嬢。私はミカエル・ディ・ペトラ。マルク・ル・パンザと同じ騎士団に所属している。ちょうど婚約者である貴女の話をしていたところだったんだ」

 ミカエルは、筋肉質で逞しい体躯のマルクよりも少しばかり背が高く、しなやかな体躯はマルクに比べると細身に見えた。
 黒の髪紐で縛られた銀髪はサラリと背中に流れ、黒髪短髪のマルクと対照的な印象を受けた。
 そしてその瞳はこのダリガード王国では王家の血筋にしか見られない紫目であり、ミカエルが高貴な血筋であることを示していた。

「リュシエンヌ、ミカエル団長は騎士団でも皆の憧れの方なんだ。今日はたまたま図書館に用があったらしく、先ほど見掛けて思わずお声をかけさせていただいたんだよ」
「まあ、そうなのですね。そのような方とお会いできてとても光栄です」

 リュシエンヌはミカエルの事は話に聞いて少しばかりは知っていた。

 その美貌からは想像も出来ないような優秀な剣の使い手だとか、現国王の甥っ子にあたる血筋でありながらペトラ公爵家では次男であるということから騎士として自立を目指されているとか……。
 
 全てミカエルの事を妹ポーレットが話していた事であった。

 貴族の令嬢方の中ではこのミカエルがまだ婚約者もいない有望株の一人であることから、『ミカエル様を応援する会』が発足しているほどであるという。
 そしてまさにポーレットはその会の中心人物であったのだ。

「リュシエンヌ嬢、宜しければ貴女も一緒にお茶でもいかがかな?」
「はい! 是非! リュシエンヌ! 早くここへ座れ!」

 リュシエンヌが答えるより先にマルクは了承の返事をした。

 どこかミカエルにへつらっているマルクは、ミカエルがリュシエンヌをお茶に誘ったことを大層誇らしく思っていた。
 自分の婚約者がミカエルに気に入られて、このままリュシエンヌがその身体でも何でも使ってミカエルの機嫌を取れば自分の騎士団での立ち位置も良くなるのではと浅はかな考えを持ったのである。

「はい。それでは失礼いたします」

 リュシエンヌは婚約者であるマルクが考えていることまでは分からずとも、どうせろくでもないことを考えているに違いないと思っていた。





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