35 / 53
35. 二人と女神の婚姻の誓い
しおりを挟むユーゴが仕立て屋に戻ると、既に採寸と生地選びは終わっており、早々と既製服のワンピースに着替えたサラが待っていた。
サラの纏うラベンダー色のワンピースは、白い襟にレースと刺繍が施されており、非常に清楚で可憐な様子がサラに似合っていた。
「ユーゴ……、どう? お店の人は可愛いって言ってくれたんだけど……」
不安げに、だけど気恥ずかしそうにユーゴを上目遣いで見るサラは、きっと世界中の男が今すぐ抱きしめてやりたいと思う程に可愛らしく、そして美しかった。
「よく似合っている。綺麗だ」
「本当? 良かったぁ」
不安げな表情から一転して、花が綻ぶような愛くるしい笑みを浮かべたサラは、店の者でさえホウッとため息を吐くほどに美しい。
本当はすぐにでも抱き締めて、その薄紅色の髪を撫でてやりたいという衝動に駆られていただろうに、ユーゴは昨夜と同じく鋼の理性でグッと我慢した。
服に合わせた装飾品などを合わせると、貴族の買い物にも劣らぬ随分な出費ではあったが、元々与えられる給金の使い道も大してなかったユーゴにとっては痛くも何ともない出費である。
ワンピースに合わせた靴や帽子以外は、夕方に邸宅の方へ届けてもらうよう手配した。
「ユーゴ! ありがとう! とっても可愛い服がたくさんあったよ!」
「そうか、良かったな。俺も着飾ったサラを見るのは楽しみだ」
ふふふ、と被り慣れない帽子を手で押さえながら笑うサラは、街中を歩いていると大層目立った。
道行く人はサラの美しい髪と顔に目を奪われ、その天使のように可憐な声にも耳を傾けずにはいられないようだ。
時々向けられる不埒な視線に対しては、ユーゴお得意の人を射殺すほどの威力を持つ三白眼で睨みつけていた。
大概は屈強な体躯で、しかも騎士団長として顔の知れているユーゴと寄り添って歩いているということでガックリと肩を落とす輩が多かったが、中には怪しい視線を送る者も紛れていたのだった。
「サラ、お前は一人で出かけるのは禁止だな」
「えっ? どうして?」
「……サラがあんまり可愛いから、他の男が見てる」
「へ⁉︎ そんな事ないよ!」
キョロキョロと急いで辺りを見渡す仕草すら、ユーゴにとってみれば非常に愛らしかった。
それまでユーゴはサラの手を引いていたが、グイッと自分の方へと引き寄せて、その細い腰を支えながら歩く。
そのごく近い距離感がサラには恥ずかしいのか、頬を朱色に染めて、髪色と同じまつ毛を伏せ気味にしたまま足を運んだ。
アフロディーテの神殿に着くと、その荘厳な建物はユーゴたちだけを導くように静かだった。
いつもなら多くの人がいてもおかしくはない時間帯にも関わらず、他の人間は見当たらない。
「いつもアフロディーテ様は私が来る時も、こうやって特別な空間を作ってくれてたんだよ」
「特別な空間?」
「他の人達からは見えないし、私達も他の人を見ることはできないの」
二人だけで神殿の通路を進むと、ぐんと高い天井まで大理石の柱がいくつも並ぶ広々とした空間に、アフロディーテがスウッと姿を現した。
そしてサラを優しく抱きしめて、その薄紅色の髪を撫でてやる。
「可愛い私の愛し子、今日は特別素敵な格好をしているわね」
「アフロディーテ様! ユーゴが私に買ってくれたんです!」
「そう、それは良かったわね。ユーゴ、あなたにしては上出来じゃない」
何故かユーゴに対して敵意を剥き出しなアフロディーテも、サラにだけは女神らしい美しい笑みを向けている。
サラとの抱擁をしたままで、ユーゴの方にはチラリと視線だけを向けた。
「態度があまりにも違い過ぎないか? まあいい。今日は報告があってだな……」
「あら、報告ですって? ……いやね、何だか聞きたくないわ」
「聞きたくないなどと言われても困る。女神にきちんと認めて貰わないと、サラが悲しむ」
そう言うと、アフロディーテはふわっと長い白髪を揺らして、自分の腕の中でユーゴとのやり取りをオロオロして見ているサラへ微笑んだ。
「分かったわ。さあ、一体何かしら? 大体分かっているけど……折角だから聞かせてちょうだい」
衣擦れの音をさせアフロディーテが抱擁を解くと、少し離れた場所に立つユーゴはサラの名を呼んだ。
サラはアフロディーテの方をチラリと見やってから、少々緊張した面持ちのユーゴのそばに立つ。
するとユーゴはスッと跪き、男らしい手の平を上にして差し伸べる。
サラは頬を赤く染めながらも、華奢な手をユーゴの手に預けた。
ユーゴは真っ白で小さなサラの手の甲に、優しく口づけを落とす。
「女神アフロディーテ、俺は愛するサラとずっと一緒に生きて行きたい。どうかサラとの婚姻を認めて欲しい」
アフロディーテは、サラと同じ紫水晶のような瞳を細め、ツンと顎を上げた。
「あらあら、随分と気が早いのね。まだ人間になって間がないというのに。サラを誰かに奪われるのが怖いのかしら?」
サラは片手をユーゴに預けたままで、少しだけ不安げにアフロディーテを見る。
ユーゴはフッと短く息を吐くようにして笑った。
「そうだ。サラを俺だけのものにしたいという、いかがわしい理由だ。それに……サラという存在を、この世界で確かなものにしてやりたい」
「ユーゴ……」
薄らと瞳に透明な膜を張ったサラは、アフロディーテに向かって柔らかに微笑んだ。
「アフロディーテ様。私、今すぐユーゴの奥さんになりたいです。祝福してくれますか?」
ゆっくりと首を振りながら、ハアーッと大きくため息を吐くアフロディーテに、サラはギュッと身体を強張らせ、表情を曇らせる。
きっと大丈夫だと分かっていても、どうしても不安だったのだろう。
しかし続く次の言葉に、サラは肩の力を抜いた。
「当然じゃない。私はずっと愛し子の健気な愛を見守ってきたのよ。あなたが幸せになることは、私にとっても幸せなことだわ」
アフロディーテがそう言った途端、神殿の天井からフワリフワリと沢山の真っ白な花弁が、サラとユーゴを祝福するように舞う。
「わぁ……っ! アフロディーテ様、ありがとうございます!」
美しい光景に瞳を輝かせてはしゃぐサラの左手薬指に、ユーゴはそっと指輪を滑らせた。
「え……っ、ユーゴ? これ、どうしたの?」
「婚姻の印に。サラが俺のものだという証だ。俺も、これからはサラだけのものだから、これを嵌めてくれないか?」
手渡されたユーゴの為の指輪を見たサラは、ふと内側に配置されたアメジストに気付くと、ジワッと涙を浮かべて、やがてそれはポタリと零れた。
「私の瞳の色……」
「サラが好きだ。俺を癒してくれたモフも、今のサラも……とても愛しい」
「うん、私もユーゴが大好き」
サラは震える手でユーゴの長い指に指輪を嵌めると、笑顔でキュッとその手を握った。
「さあさあ、それではさっさと女神アフロディーテの前で誓いのキスをしなさいな」
「女神よ、そう急かさないでくれ」
そう言いつつ、跪いていたユーゴは立ち上がり、サラの細い肩をそっと掴んだ。
サラは緊張から、薄紅色をしたまつ毛を僅かに震わせながら瞼を閉じている。
優しい口づけがユーゴからサラへと贈られると、愛の女神アフロディーテは心から二人を祝福した。
21
お気に入りに追加
379
あなたにおすすめの小説
行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される
めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」
ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!
テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。
『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。
新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。
アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。
【完結】ハリントン男爵アレクシス・ハーヴェイの密かな悩み
ひなのさくらこ
恋愛
ハリントン男爵アレクシス・ハーヴェイ。低い爵位ながら巨万の富を持ち、その気になれば王族でさえ跪かせられるほどの力を持つ彼は、ひょんなことから路上生活をしていた美しい兄弟と知り合った。
どうやらその兄弟は、クーデターが起きた隣国の王族らしい。やむなく二人を引き取ることにしたアレクシスだが、兄のほうは性別を偽っているようだ。
亡国の王女などと深い関係を持ちたくない。そう思ったアレクシスは、二人の面倒を妹のジュリアナに任せようとする。しかし、妹はその兄(王女)をアレクシスの従者にすると言い張って――。
爵位以外すべてを手にしている男×健気系王女の恋の物語
※残酷描写は保険です。
※記載事項は全てファンタジーです。
※別サイトにも投稿しています。
軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
サラシがちぎれた男装騎士の私、初恋の陛下に【女体化の呪い】だと勘違いされました。
ゆちば
恋愛
ビリビリッ!
「む……、胸がぁぁぁッ!!」
「陛下、声がでかいです!」
◆
フェルナン陛下に密かに想いを寄せる私こと、護衛騎士アルヴァロ。
私は女嫌いの陛下のお傍にいるため、男のフリをしていた。
だがある日、黒魔術師の呪いを防いだ際にサラシがちぎれてしまう。
たわわなたわわの存在が顕になり、絶対絶命の私に陛下がかけた言葉は……。
「【女体化の呪い】だ!」
勘違いした陛下と、今度は男→女になったと偽る私の恋の行き着く先は――?!
勢い強めの3万字ラブコメです。
全18話、5/5の昼には完結します。
他のサイトでも公開しています。
ついうっかり王子様を誉めたら、溺愛されまして
夕立悠理
恋愛
キャロルは八歳を迎えたばかりのおしゃべりな侯爵令嬢。父親からは何もしゃべるなと言われていたのに、はじめてのガーデンパーティで、ついうっかり男の子相手にしゃべってしまう。すると、その男の子は王子様で、なぜか、キャロルを婚約者にしたいと言い出して──。
おしゃべりな侯爵令嬢×心が読める第4王子
設定ゆるゆるのラブコメディです。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。
曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」
きっかけは幼い頃の出来事だった。
ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。
その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。
あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。
そしてローズという自分の名前。
よりにもよって悪役令嬢に転生していた。
攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。
婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。
するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる