上 下
33 / 53

33. ユーゴらしい求婚

しおりを挟む

 背後からユーゴの逞しい腕に抱きすくめられたサラは、カチカチに身体を硬くしてじっとしている。

「今日……、サラのことをポールに話した」
「副長に? 何て言ったの?」

 ポールにはサビーヌの記憶はないが、サラには副長であったポールの記憶はある。
 自分が身を屈めてサラを抱きすくめている癖に、ユーゴは照れたように頬を赤らめた。

「え……っ、いや、まあ……。あの日サラの手を引いて駐屯地から帰るのを多くの者に見られていたらしい。そのせいでおかしな噂になっていたようだから、話せるところだけサラのことを説明して……」

 何だか歯切れの悪いユーゴに、サラは囲まれた腕の中から不思議そうに尋ねた。

「副長や他の人たちは、三人の娘のことを覚えていないものね。突然現れた私がユーゴと一緒に居たから、みんな驚いたのかな? それで、副長に何か言われたの?」
「まあ、皆が驚いたのは確かだろう。それで、ポールに言われた。『婚約者ではないのに、一緒に暮らす』のかって」

 ひゅっとサラが息を呑む音がした。
 ビクリと揺れた細い肩に続く悲しげな声が、ユーゴが口下手で言葉足らずなことを示していた。

「……ごめんなさい、ユーゴ。迷惑かけた? 騎士団長のユーゴに、変な噂が立ったら困るよね」

 ユーゴは自分がどうしてこんなに話し下手で、大切なことをサラリと上手く伝えられないのかと、自分で自分が腹立たしくなったのか、ハアッと強く息を吐いた。
 そしてガバッとサラの身体を離したと思ったら、椅子ごとクルリとサラの軽い身体を己の方へ向けて、とにかく慌てて否定する。

「違う! そうじゃなくてだな! そんな事を思われるくらいなら……っ!」
「……思われるくらいなら?」

 ユーゴには、自分をじっと見つめる紫の瞳は潤んでいるように見えた。
 サラの形の良い薔薇色の唇は、キュッと結ばれているが微かに震えている気がした。

 ユーゴは「ぐぐっ」とか「ううっ」とか呻き声を何度か上げて、やがてその場にひざまずいたと思ったらサラの華奢な右手を取った。

「もう婚約者とかいう期間も必要ない! サラ、すぐにでも俺と婚姻を結んでくれないか?」

 ユーゴは平民出身だから、婚約期間を経ずにすぐに婚姻を結ぶ事に抵抗はなかった。
 それに、サラのことを確かな存在として周囲にも認めて欲しかったから、こんなロマンチックの欠片も無い場所で勇んで求婚してしまったのだ。

 一方のサラは、ずっとなりたかった『ユーゴのお嫁さん』になるということが、何の前触れもなく突然現実味を帯びたことに、頭の整理がついていかずに放心状態であった。

「サラ、サラとして共に過ごした期間はまだ短い。だが、モフとしてのお前も、ルネやヴェラ、サビーヌとしてのお前も、全て含めて愛しいんだ。どうか俺の妻になってくれ」

 こんな時だけ、いやにかっこよく騎士らしく凛々しい表情のユーゴ。

 ここが食後の食卓のすぐ隣で、ロマンチックな演出も何もないことなど考えもせずに、ただサラの存在を周囲にも認めてもらいたいという気持ちの強さで求婚の言葉を述べた。

「ありがとう、ユーゴ。私をユーゴのお嫁さんにして」

 そんなユーゴの全てを受け入れるのが、サラの愛の深さである。
 美しい顔を今にも泣きそうな笑顔で歪ませて、サラはユーゴがすくい取った右手をキュッと握り返した。

「明日、買い物に行く前に神殿に行こう」
「アフロディーテ様の神殿?」
「まあ、あの女神にはあまり会いたくはないが。きっと行かねば怒り狂うだろうな」
「ふふっ……」

 未だサラの手を取って跪いたままのユーゴは、鋭い三白眼を優しく細めて、穏やかに微笑むサラの綺麗な瞳に見入った。

「ありがとう、サラ」
 
 幸福感を噛み締めるように、ユーゴは己が付けた愛しい人の名を呼んだ。
 サラも、ユーゴに甘い声音で名を呼ばれるのがくすぐったそうに、しかしとても嬉しそうに返事をした。

 さて、問題は改めて気持ちを通じ合った二人がどのようにして眠るかということである。
 
 昨日は流石に色々な事があって疲れていたサラを寝台に寝かせ、自分はソファーで眠ったユーゴ。
 しかし今日は、サラがユーゴに寝台で眠るように言って聞かない。
 昨日寝台で眠った自分はソファーで寝るからと。

「ユーゴばっかりソファーで寝たら疲れちゃうよ! ソファーから足がはみ出てるし」
「いや、だがお前をソファーで寝かせるわけには……」
「じゃあ一緒に寝る? 少し狭いけど、大丈夫?」

 無邪気なサラはユーゴの男としての都合には気づかずに、「それがいい」と乗り気である。

「いや……、それはまずいというか……。まだ正式な妻ではない訳だし……」
「え……? 駄目なの?」
「駄目というか……、地獄というか……」

 心底分からないという顔のサラに、ユーゴは己の理性を総動員して臨むことにした。

「分かった。では、今日は一緒に寝よう」
「嬉しい! きっとギュッてして寝たらあったかいね!」
「う……っ! そうだな……」

 その夜、理性を総動員する事で何とか欲望に耐えたユーゴは、結局一睡もできなかった。
 しかし腕の中のサラの穏やかな寝息を聞いて過ごしたことが、今まで感じたことの無い幸せを実感したことも確かであった。


 
 



 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

【完結】帰れると聞いたのに……

ウミ
恋愛
 聖女の役割が終わり、いざ帰ろうとしていた主人公がまさかの聖獣にパクリと食べられて帰り損ねたお話し。 ※登場人物※ ・ゆかり:黒目黒髪の和風美人 ・ラグ:聖獣。ヒト化すると銀髪金眼の細マッチョ

【完結】ハリントン男爵アレクシス・ハーヴェイの密かな悩み

ひなのさくらこ
恋愛
ハリントン男爵アレクシス・ハーヴェイ。低い爵位ながら巨万の富を持ち、その気になれば王族でさえ跪かせられるほどの力を持つ彼は、ひょんなことから路上生活をしていた美しい兄弟と知り合った。 どうやらその兄弟は、クーデターが起きた隣国の王族らしい。やむなく二人を引き取ることにしたアレクシスだが、兄のほうは性別を偽っているようだ。 亡国の王女などと深い関係を持ちたくない。そう思ったアレクシスは、二人の面倒を妹のジュリアナに任せようとする。しかし、妹はその兄(王女)をアレクシスの従者にすると言い張って――。 爵位以外すべてを手にしている男×健気系王女の恋の物語 ※残酷描写は保険です。 ※記載事項は全てファンタジーです。 ※別サイトにも投稿しています。

サラシがちぎれた男装騎士の私、初恋の陛下に【女体化の呪い】だと勘違いされました。

ゆちば
恋愛
ビリビリッ! 「む……、胸がぁぁぁッ!!」 「陛下、声がでかいです!」 ◆ フェルナン陛下に密かに想いを寄せる私こと、護衛騎士アルヴァロ。 私は女嫌いの陛下のお傍にいるため、男のフリをしていた。 だがある日、黒魔術師の呪いを防いだ際にサラシがちぎれてしまう。 たわわなたわわの存在が顕になり、絶対絶命の私に陛下がかけた言葉は……。 「【女体化の呪い】だ!」 勘違いした陛下と、今度は男→女になったと偽る私の恋の行き着く先は――?! 勢い強めの3万字ラブコメです。 全18話、5/5の昼には完結します。 他のサイトでも公開しています。

転生先が羞恥心的な意味で地獄なんだけどっ!!

高福あさひ
恋愛
とある日、自分が乙女ゲームの世界に転生したことを知ってしまったユーフェミア。そこは前世でハマっていたとはいえ、実際に生きるのにはとんでもなく痛々しい設定がモリモリな世界で羞恥心的な意味で地獄だった!!そんな世界で羞恥心さえ我慢すればモブとして平穏無事に生活できると思っていたのだけれど…?※カクヨム様、ムーンライトノベルズ様でも公開しています。不定期更新です。タイトル回収はだいぶ後半になると思います。前半はただのシリアスです。

ついうっかり王子様を誉めたら、溺愛されまして

夕立悠理
恋愛
キャロルは八歳を迎えたばかりのおしゃべりな侯爵令嬢。父親からは何もしゃべるなと言われていたのに、はじめてのガーデンパーティで、ついうっかり男の子相手にしゃべってしまう。すると、その男の子は王子様で、なぜか、キャロルを婚約者にしたいと言い出して──。  おしゃべりな侯爵令嬢×心が読める第4王子  設定ゆるゆるのラブコメディです。

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

処理中です...