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33. ユーゴらしい求婚

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 背後からユーゴの逞しい腕に抱きすくめられたサラは、カチカチに身体を硬くしてじっとしている。

「今日……、サラのことをポールに話した」
「副長に? 何て言ったの?」

 ポールにはサビーヌの記憶はないが、サラには副長であったポールの記憶はある。
 自分が身を屈めてサラを抱きすくめている癖に、ユーゴは照れたように頬を赤らめた。

「え……っ、いや、まあ……。あの日サラの手を引いて駐屯地から帰るのを多くの者に見られていたらしい。そのせいでおかしな噂になっていたようだから、話せるところだけサラのことを説明して……」

 何だか歯切れの悪いユーゴに、サラは囲まれた腕の中から不思議そうに尋ねた。

「副長や他の人たちは、三人の娘のことを覚えていないものね。突然現れた私がユーゴと一緒に居たから、みんな驚いたのかな? それで、副長に何か言われたの?」
「まあ、皆が驚いたのは確かだろう。それで、ポールに言われた。『婚約者ではないのに、一緒に暮らす』のかって」

 ひゅっとサラが息を呑む音がした。
 ビクリと揺れた細い肩に続く悲しげな声が、ユーゴが口下手で言葉足らずなことを示していた。

「……ごめんなさい、ユーゴ。迷惑かけた? 騎士団長のユーゴに、変な噂が立ったら困るよね」

 ユーゴは自分がどうしてこんなに話し下手で、大切なことをサラリと上手く伝えられないのかと、自分で自分が腹立たしくなったのか、ハアッと強く息を吐いた。
 そしてガバッとサラの身体を離したと思ったら、椅子ごとクルリとサラの軽い身体を己の方へ向けて、とにかく慌てて否定する。

「違う! そうじゃなくてだな! そんな事を思われるくらいなら……っ!」
「……思われるくらいなら?」

 ユーゴには、自分をじっと見つめる紫の瞳は潤んでいるように見えた。
 サラの形の良い薔薇色の唇は、キュッと結ばれているが微かに震えている気がした。

 ユーゴは「ぐぐっ」とか「ううっ」とか呻き声を何度か上げて、やがてその場にひざまずいたと思ったらサラの華奢な右手を取った。

「もう婚約者とかいう期間も必要ない! サラ、すぐにでも俺と婚姻を結んでくれないか?」

 ユーゴは平民出身だから、婚約期間を経ずにすぐに婚姻を結ぶ事に抵抗はなかった。
 それに、サラのことを確かな存在として周囲にも認めて欲しかったから、こんなロマンチックの欠片も無い場所で勇んで求婚してしまったのだ。

 一方のサラは、ずっとなりたかった『ユーゴのお嫁さん』になるということが、何の前触れもなく突然現実味を帯びたことに、頭の整理がついていかずに放心状態であった。

「サラ、サラとして共に過ごした期間はまだ短い。だが、モフとしてのお前も、ルネやヴェラ、サビーヌとしてのお前も、全て含めて愛しいんだ。どうか俺の妻になってくれ」

 こんな時だけ、いやにかっこよく騎士らしく凛々しい表情のユーゴ。

 ここが食後の食卓のすぐ隣で、ロマンチックな演出も何もないことなど考えもせずに、ただサラの存在を周囲にも認めてもらいたいという気持ちの強さで求婚の言葉を述べた。

「ありがとう、ユーゴ。私をユーゴのお嫁さんにして」

 そんなユーゴの全てを受け入れるのが、サラの愛の深さである。
 美しい顔を今にも泣きそうな笑顔で歪ませて、サラはユーゴがすくい取った右手をキュッと握り返した。

「明日、買い物に行く前に神殿に行こう」
「アフロディーテ様の神殿?」
「まあ、あの女神にはあまり会いたくはないが。きっと行かねば怒り狂うだろうな」
「ふふっ……」

 未だサラの手を取って跪いたままのユーゴは、鋭い三白眼を優しく細めて、穏やかに微笑むサラの綺麗な瞳に見入った。

「ありがとう、サラ」
 
 幸福感を噛み締めるように、ユーゴは己が付けた愛しい人の名を呼んだ。
 サラも、ユーゴに甘い声音で名を呼ばれるのがくすぐったそうに、しかしとても嬉しそうに返事をした。

 さて、問題は改めて気持ちを通じ合った二人がどのようにして眠るかということである。
 
 昨日は流石に色々な事があって疲れていたサラを寝台に寝かせ、自分はソファーで眠ったユーゴ。
 しかし今日は、サラがユーゴに寝台で眠るように言って聞かない。
 昨日寝台で眠った自分はソファーで寝るからと。

「ユーゴばっかりソファーで寝たら疲れちゃうよ! ソファーから足がはみ出てるし」
「いや、だがお前をソファーで寝かせるわけには……」
「じゃあ一緒に寝る? 少し狭いけど、大丈夫?」

 無邪気なサラはユーゴの男としての都合には気づかずに、「それがいい」と乗り気である。

「いや……、それはまずいというか……。まだ正式な妻ではない訳だし……」
「え……? 駄目なの?」
「駄目というか……、地獄というか……」

 心底分からないという顔のサラに、ユーゴは己の理性を総動員して臨むことにした。

「分かった。では、今日は一緒に寝よう」
「嬉しい! きっとギュッてして寝たらあったかいね!」
「う……っ! そうだな……」

 その夜、理性を総動員する事で何とか欲望に耐えたユーゴは、結局一睡もできなかった。
 しかし腕の中のサラの穏やかな寝息を聞いて過ごしたことが、今まで感じたことの無い幸せを実感したことも確かであった。


 
 



 
 
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