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22. アフロディーテのお仕置き

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「何で⁉︎    なんで⁉︎    何でユーゴ様が来るのよ!」

 プリシラは、ユーゴたちが治療室へと乗り込んで行った隙にその場を離れた。

 先日の出来事で、ヴェラに恨みを持ったプリシラは、浮浪者たちに金を握らせてヴェラを襲うように指示した。
 あの時間であれば、騎士達は一般人に治療室を譲るから誰にもバレずに事を進められる予定であったのに。

「まさかユーゴ様が来るなんて!」

 駐屯地を走り抜け、王城を出てからやっとプリシラは息を整えた。
 そして、王都の賑わいから少し外れた路地裏で王城の方を窺う。

「誰も追いかけて来てないわよね」

 特に怪しい影も、追跡者もいない事を確認して、プリシラはホッと息を吐く。
 髪を隠していたスカーフをシュルリと解くと、金のウェーブをした髪が現れる。

「アイツらにも口止めはしているし、しゃべったりしないはずよ。名乗った訳でもないし、顔を隠していたから私だとは到底証明出来っこないわ」

 薄暗い路地裏で、プリシラは一人でほくそ笑んだ。
 
「まあ、本当に貴女は醜い人間ね。愛される価値も、人を愛する事も許されないほどの罪深い女……」

 美しく音楽を奏でるような声が響いた。
 女であるプリシラでさえ聞き惚れるその声の持ち主は、姿も実に美しかった。

「誰⁉︎」

 長い髪はくるぶしまでサラリと流れ、白い衣服はまるで光の衣のように不思議な輝きを放つ。

「貴女が知る必要はないわ。私は貴女を知っているから。私の愛し子を可愛がってくれてありがとう」
「愛し子……?」

 美しいかんばせは人成らざるもの。
 現れたのは女神アフロディーテ。

「あの子はね、私がそっと見守っていた可愛い私の愛し子なのよ。まあ、ユーゴとの関係に刺激を与えてくれたことには感謝するわ」
「ユーゴ様ですって? あなたは一体……」
「だけどね、貴女ってばやり過ぎなのよ。もう少しで私の可愛い愛し子が壊れてしまうところだったわ。まだこれから楽しいことが待っていたのに……」

 アフロディーテの言葉はフワフワとしていて、プリシラには分かりづらい。
 元々神というのは、人間に感覚を合わせる気などないのかも知れない。

「何を言っているのか分からないわ!」

 プリシラは心底いらついたように叫んだ。
 計画は頓挫し、ユーゴに見られた。
 その上訳の分からない美しい女に絡まれている。
 その全てに苛ついているようだ。

「ふふっ……。もう、貴女は私の愛し子たちと違って、全く可愛くないわ。そんな貴女には、私の楽しみを奪おうとしたお仕置きを与えてあげる」
「お仕置きですって? 何を……!」

 プリシラの周りを小さな光の粒が包み込む。
 やがてそれらは大きな渦となってプリシラを飲み込んだ。
 渦が消えて再び現れたプリシラは、一見変わりがないように見える。

「はっ! 何なの⁉︎    何だか知らないけど、あんな大層な仕掛けをしたって、何にも変わってないじゃない! 私はこれからもユーゴ様のことを諦めないから!」

 穏やかに微笑みを浮かべるアフロディーテへ向かって、プリシラは言葉を投げつけた。

「本当に貴女は可愛くない子だわ。その方が面白けれど。ふふっ……」

 そんなプリシラの様子を楽しむように、アフロディーテは余裕の笑みを崩さない。

「いい? 貴女はこれから死ぬまでわ。嘘ばかり吐いてきた罰よ」
「そんなこと! 出来っこないわ! アンタが誰だか知らないけど、私に構わないで!」

 見たことがないほどに美しい女から、突然訳の分からないことを言われたプリシラは、本当は混乱していたのかも知れない。
 強気な台詞を残して、路地裏から大通りの方へと駆け出して行った。

「あらあら、あんなに沢山の人間がいる場所に向かって平気なのかしら? 面白そうだからコッソリ覗いてみましょう」

 アフロディーテはその姿を美しい白い鳥に変え、プリシラの後を追った。

 プリシラは大通りへと駆け出して、人混みに紛れ込もうとする。
 しかし、人手の多い時間帯ということもあり、思うように前へと進むことができない。

「ほら! どきなさいよ! このブス! ジジイ! 邪魔よ!」

 とんでもない言葉が次々とプリシラの口から溢れ出る。
 プリシラは驚いて、自分の口を両手で塞いだ。

「くそっ! あの美しい女が私に何かしたに違いないわ! 悔しい! 私より美しいなんて悔しい!」

 道ゆく人々は皆一様にプリシラの方を見ている。
 ヒソヒソと内緒話をする淑女たちもいる。

「なぁに? あの娘」
「どうなさったのかしらね」

 顔を真っ赤にして道を進むプリシラは、口を押さえても、話そうとしなくとも、どんどんと口から醜い罵詈雑言が溢れてくる。

「くそっ! 私より美しいあの女! 何者なの⁉︎    どけ! 邪魔な貧乏人が! ルネも、あの薬師の女だって、死んでしまえばいいのに! 何故私がこんな目に遭わないといけないの!」

 まともに前など見ずに歩くプリシラは、ふと周囲を見渡した。

「ひ……っ!」
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