16 / 53
16. プリシラはお父様を連れて
しおりを挟む「それで、ユーゴ・ド・アルロー。お前は儂の可愛い娘、プリシラにまだ求婚しておらんのか? 可哀想に、プリシラが嘆いておったぞ」
「お父様、そんな言い方しなくても……。私は大丈夫よ」
そう、この実に嫌な老年の男こそ、恐ろしい二面性を持つ娘プリシラの父親である。
隣に立ったプリシラは、父を止める素振りを見せながらも、さも悲しそうに目を伏せていた。
あれから何度もアプローチしているにも関わらず、なかなか靡かないユーゴを落とす為に、プリシラが取った行動は……。
父親を使って半強制的に婚約を結ぶという手立てだった。
こうなれば、ポールは口出しすることは出来ず、ただ成り行きを見守るしかない。
この元上官の前で下手なことを言えば、藪蛇になりかねないからだ。
「エタン卿、以前もお話しましたが自分は……」
もうこれは、嫌味を言われてもきちんと答えるしかないと腹を括ったユーゴが口を開いたところで、四人の間に割って入る艶やかな声があった。
「団長さん、私という者がありながら酷いじゃないですかぁ」
この騎士団駐屯地という場所には酷く不似合いな、男を誘うような色香のある声の持ち主は薬師のヴェラであった。
「ほら、さっさと私のことを皆に話しておかないからこんな事になるんですよ? えーっと……、申し訳ありませんけれど、私が団長さんの妻になる予定の者です」
嫣然と笑ったヴェラに、思わずエタン卿すら口をポカンと開けて見惚れていた。
女性らしい体付きと、サラリと揺れる肩ほどの麦わら色の髪は、今日は何故だかとても扇情的に見えた。
そのうえ、ぽってりとした唇から漏れ出る色香のある声音は、恋敵であるはずのプリシラの父でさえ、うっとりとした顔で聴き入っている。
「……先生」
「あら、先生なんて。いつもみたいに、ヴェラって呼んでくれないとイヤよ」
呆然とするユーゴとポールを置いて、ヴェラはひたりとユーゴの逞しい腕にしなだれかかった。
「ど、ど、どういうことだ⁉︎ おい! ユーゴ・ド・アルロー! そんないい女を……いや、その女は一体何者だ⁉︎」
「ユーゴ様! その方は⁉︎」
プリシラも、その父エタン卿も咄嗟の反応はよく似ている。
二人ともヴェラを指差して大声を上げているのだから。
「あら、私は薬師のヴェラと申します。近々団長と夫婦になる予定ですわ。私ももう二十歳ですからねぇ……。早く貰っていただかないと、行き遅れの『おばさん』になってしまうと何度も言っているんですけれども……」
ヴェラは、ユーゴの方をじっと見つめるようにして『話を合わせろ』とサインを送る。
「あ、ああ……。行き遅れなどと言わせて、申し訳ないと思っている」
この国では平民であれば十六歳から結婚でできる為に、二十歳というのは割と婚期が遅い方なのである。
しかし、そこにいるプリシラは既に二十三歳。
先程の理論では『行き遅れのおばさん』に定義されるということ。
その意味をきちんと理解していたのは、プリシラの年齢を知る本人と父親、そして情報通のポールだけであった。
ヴェラとユーゴはプリシラの年齢のことなど頭には無く、自分たちだけの話をしているつもりだったのだから。
「ユーゴ様……! 本当にその方と?」
プリシラは務めて穏やかに、そして確認するように尋ねた。
しかしその作られた笑顔の表情は引き攣り、手はフルフルと震えていた。
「まあ、お疑いになられるのも仕方ありませんわね。私と団長さんはつい最近、運命的な出会いを果たしたところですもの。あとは夫婦となると日取りを決めるだけ」
嘘を吐くのが下手なユーゴに代わって、ヴェラはぴたりとその身体をユーゴの腕にくっつけたままでそう告げた。
「だから団長、僕は言ったじゃないですか。ちゃんとヴェラ先生と団長がそういう仲だって、皆んなに報告した方がいいって」
ポールはさっさと団長を裏切って、この場で己は悪くないとアピールすることにしたようだ。
プリシラとエタン卿から見えないよう、ユーゴはポールを睨め付けた。
「と、いうわけですから。申し訳ありませんけれど、お引き取りください。ほら、団長さんも。きちんとプリシラさんに、ご報告しなかった事を謝ってくださいな」
「……申し訳なかった」
一見仲睦まじい風に寄り添うユーゴとヴェラに、プリシラは唇を噛み締めて呻き声を殺していた。
同時に、怒りを含んで低くくぐもった声がユーゴへとぶつけられる。
「ユーゴ・ド・アルロー。貴様は可愛い儂の娘よりも、その妙に色っぽい薬師を選ぶと言うのだな?」
何とも卑怯な尋ね方である。
元上官という立場を存分に意識した台詞は、ユーゴという生真面目で寡黙な人間が、返答に窮するのを知っていて使っているのだ。
「申し訳……」
「御言葉ですが。この国だけに限らず、薬師というのはとても貴重な人材です。私がこの騎士団に勤めているのも、団長さんが居るからこそですわ」
とりあえず、ユーゴが謝ろうとするのをヴェラが制した。
元々モフがヴェラに扮しているのだけれども……今日のモフは一世一代の頑張りを見せていた。
10
お気に入りに追加
379
あなたにおすすめの小説
【完結】帰れると聞いたのに……
ウミ
恋愛
聖女の役割が終わり、いざ帰ろうとしていた主人公がまさかの聖獣にパクリと食べられて帰り損ねたお話し。
※登場人物※
・ゆかり:黒目黒髪の和風美人
・ラグ:聖獣。ヒト化すると銀髪金眼の細マッチョ
【完結】ハリントン男爵アレクシス・ハーヴェイの密かな悩み
ひなのさくらこ
恋愛
ハリントン男爵アレクシス・ハーヴェイ。低い爵位ながら巨万の富を持ち、その気になれば王族でさえ跪かせられるほどの力を持つ彼は、ひょんなことから路上生活をしていた美しい兄弟と知り合った。
どうやらその兄弟は、クーデターが起きた隣国の王族らしい。やむなく二人を引き取ることにしたアレクシスだが、兄のほうは性別を偽っているようだ。
亡国の王女などと深い関係を持ちたくない。そう思ったアレクシスは、二人の面倒を妹のジュリアナに任せようとする。しかし、妹はその兄(王女)をアレクシスの従者にすると言い張って――。
爵位以外すべてを手にしている男×健気系王女の恋の物語
※残酷描写は保険です。
※記載事項は全てファンタジーです。
※別サイトにも投稿しています。
軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
サラシがちぎれた男装騎士の私、初恋の陛下に【女体化の呪い】だと勘違いされました。
ゆちば
恋愛
ビリビリッ!
「む……、胸がぁぁぁッ!!」
「陛下、声がでかいです!」
◆
フェルナン陛下に密かに想いを寄せる私こと、護衛騎士アルヴァロ。
私は女嫌いの陛下のお傍にいるため、男のフリをしていた。
だがある日、黒魔術師の呪いを防いだ際にサラシがちぎれてしまう。
たわわなたわわの存在が顕になり、絶対絶命の私に陛下がかけた言葉は……。
「【女体化の呪い】だ!」
勘違いした陛下と、今度は男→女になったと偽る私の恋の行き着く先は――?!
勢い強めの3万字ラブコメです。
全18話、5/5の昼には完結します。
他のサイトでも公開しています。
行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される
めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」
ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!
テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。
『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。
新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。
アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
ついうっかり王子様を誉めたら、溺愛されまして
夕立悠理
恋愛
キャロルは八歳を迎えたばかりのおしゃべりな侯爵令嬢。父親からは何もしゃべるなと言われていたのに、はじめてのガーデンパーティで、ついうっかり男の子相手にしゃべってしまう。すると、その男の子は王子様で、なぜか、キャロルを婚約者にしたいと言い出して──。
おしゃべりな侯爵令嬢×心が読める第4王子
設定ゆるゆるのラブコメディです。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる