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13. ユーゴとの会話
しおりを挟む「モフ! 良かった!」
「モ……モキュウ⁉︎」
モフを抱きすくめたのは、逞しい体躯を持つユーゴ。
実はこの部屋を、まるで嵐の後のように滅茶苦茶にしたのもこの男であった。
「居なくなったのかと思って、心配したんだ! 今日はたまたま早く勤めが終わって……。帰ったらお前の姿がないから……」
「キュウ……」
「野良猫でも忍び込んで、もしや拐われてしまったのかとか……」
モフが潰れない程度の強さではあったが、ユーゴは包み込んで離さないというように囲っている。
「何処に行っていたんだ? こないだも怪我をしていたし。危ないことはしたら駄目だろう」
「モキュウ」
鋭い三白眼で、普段は恐れられる無表情の仮面は剥がれ落ち、そこにあるのは心から心配する優しい男の顔だった。
モフは小さく鳴いてから、ユーゴの頬に頬擦りする。
ごめんねと、口に出す代わりに。
「……お前が話せたら良いのにな。そうしたら、今日はどんなことがあったのか聞けるのに」
「キュウン……」
柔らかな毛並みに手を差し入れて、ユーゴは優しくモフを撫でる。
「どうかしてるな……。最近自分でもおかしい。冷静になれないというか……。取り乱すことが増えた」
「モキュー?」
「パン屋のルネという娘は、もう騎士団へ来ないそうだ。……身体を壊したらしい。あんなに騎士団に良くしてくれたのに、何もしてやれず申し訳なかった」
モフの餌である天花粉を差し出しながら、ユーゴはポツリポツリと話し始めた。
考え過ぎたからか、そこまで腹は減ってなかったが、モフは天花粉をモシャモシャと食べた。
「……寂しいな。こんな事を思うことはあまり無かったが……。あの心優しい娘の作るパンは確かに美味かった」
「モキュッ!」
当のルネであるモフが目の前に居るとは知らず、ユーゴはルネのことを話し始めたので、モフは少し嬉しそうにユラユラと揺れた。
「副長のポールがな、ルネは俺のことを慕ってくれていたと言うんだ。俺は気付かなかったんだが、今日初めてそう言われて……。余計に心苦しくてな」
「も、モキュッ⁉︎」
「全く、俺は破滅的に鈍いとポールに怒られた。……もし、そうだとしたら……もう少し優しい言葉をかけてやったり、事情を聞いてやれば。ルネも身体を壊す事はなかったかも知れん」
副長であるポールの勘の鋭さに、ルネの正体であるモフは驚いた。
それと同時に、ルネに対する優しさを感じたモフは嬉しくなったのか、黒い目を細めて体を揺らした。
「……騎士達の中に、ルネに無体を働いた者がいるとは考えたくはないが、ポールはルネが誰かに暴力を振るわれたのだと言う。だから俺とポールは、暫く部下達を注視しようと思う」
「キュウッ⁉︎」
何故そんな話になっているのか、ルネはそんな事された事などない。
それどころか、騎士達は皆優しくルネを迎えてくれた。
どうにかして誤解を解こうとするも、モフの体では喋ることもできない。
「モキュッ! モッ!」
「ん? どうした? 餌が足りないのか?」
こんな時にも明後日の方向を見ているユーゴに、モフはどうしたら良いものかと途方に暮れた。
そして、とある物に目をやったモフは一目散にそちらへ飛んでいく。
「モフ⁉︎ どうした?」
執務机の上のインク壺の上に乗り、開けろと言わんばかりにその上で何度も飛び跳ねた。
「開けるのか?」
「モッ!」
「分かったわかった、少し待てよ」
ユーゴがインク壺を開けたら、そこにモフは毛束の一部をチャポンと漬けた。
「あああっ! モフ! 何をしている⁉︎」
「モッ! キューッ!」
ユーゴがひっくり返した引き出しから飛び出したままの紙の裏に、モフは毛束で字を書いた。
それはまるでミミズが這ったようなものであったが、幼い子どものような簡単な文字で綴られている。
『きし、わるくない』
大きく書かれたそれを見て、ユーゴは目を見張り言葉を失う。
「きし、わるくない?」
「モキュッ!」
「……モフ、字が書けるのか?」
まさかケサランパサランが、文字を書くとは思いもよらず、ユーゴは驚きを隠せないでいた。
本当は女神の加護と、モフの涙ぐましい努力によって、パン屋や薬師、そして次は騎士の真似事までも出来るのだが。
『れんしゅう』
「練習したのか! モフは偉いな!」
本来の伝えたい事はどこへやら、ユーゴはモフとやりとりができることが嬉しくて、次々と文字を書くように催促する。
「モフ、他にも何か書いてみろ」
『るね、つらくない』
「何故そう思う?」
『きいた』
「モフ、もしかしてさっきみたいにして、時々外の世界へ行ったりしているのか?」
急にユーゴは心配そうな顔つきで、モフへ尋ねた。
幸運を運ぶケサランパサランは、人間達に見つかったら最後、捕まってしまうからだ。
『だいじょぶ、かくれる』
「だが……。……それでルネに会ったのか?」
とりあえずユーゴは、モフの話を聞いてくれるようだ。
次々と紙を目の前に差し出してくる。
内容はともかく、モフと話せることが殊の外面白くなったらしい。
『るね、きし、されてない』
「見たのか?」
少し厳しい顔つきに戻ったユーゴに、モフは頷く代わりに体を跳ねさせた。
「では、誰がルネを?」
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