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1. 毛玉と騎士団長の出会い

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「モキュー……ッ!」
「キッ、キュー!」

 えた臭いのする小汚い衣服に、テラテラと脂ぎった顔、ボウボウに伸びた無精髭。

 いかにも悪人面あくにんづらのでっぷりと肥えた男は、思わぬ獲物を前にしてギラギラと目を血走らせていた。

「おい! この木のうろの中見ろよ! ケサランパサランだ!」

 その声に驚いてビクリと身体を揺らしたのは、いかにも気の弱そうな顔つき、枯れ枝のような細身の男だった。

 細身の男は急いで駆け寄って、指差された場所を見る。

「本当だ! やったな! 兄貴!」

 男たちが覗き込んだのは、ガッシリと太い木のうろの中。
 狭い空洞の中には、まるでウサギの尻尾のように丸くて真っ白なものがポンポンポンと三つ見える。

 フワフワで丸くて白い。
 一つあたりの大きさが大人の手にこんもり乗るほどの毛玉には、黒くてキラキラと光る瞳が二つ。

「キュー……!」

 威嚇のような鋭い鳴き声を上げながら、震えるように身を寄せ合った二匹の毛玉。
 洞を覗き込む人間たちから一匹の小さめの毛玉を守ろうとしているようだ。

 この毛玉の正体は『ケサランパサラン』と言って、見つけると幸運になる生き物である。

 家で飼育すると続けて幸せを運び、その家はどんどん栄えるという。
 そこで代々密かにケサランパサランを飼育する家があるほどだ。

 他国に比べてケサランパサランが多く存在するというこのメルシェ王国。
 昔からケサランパサランの乱獲が横行していた。

 特にこのルーヴの森では目撃証言が多く、他国からもケサランパサランを捕まえにハンターが訪れるほどである。

 お陰でケサランパサランは数を減らし、今ではなかなか見つからない非常に希少なものになってしまった。

 今まさに、ハンターが三匹のケサランパサランに手を伸ばす。
 悪人面の男は、手前の二匹を両手でムンズッと掴み、ニヤニヤしながら不健康で生臭い息を吹きかける。

「間違いない、ケサランパサランだ。二匹もいれば暫くは生活に困らないぞ!」
「兄貴、やったな! どうせならそのちっこいのも捕まえとこうぜ!」

 細身の男が残りの一匹に手を伸ばそうとした時、後方でガサガサっと葉が擦れる音がした。
 
 二人はそちらを警戒してバッと振り返る。

「お前たちが見つけた、そのケサランパサランはこちらへ渡してもらおう」
 
 ねっとりと絡みつくような嫌な感じの声音が響いた。
 
 現れたのは、身なりの良い貴族風の中年の男。
 神経質そうな顔色で口髭を指で触りながら、ハンター達の方へと詰め寄った。

 貴族風の男の背後には、護衛とおぼしき複数の影も見える。

「はっ! なんで俺たちが見つけたもんをお前に渡さないといけないんだ?」
「そうだ! 見つけたもん勝ちだろう!」

 ハンター達は護衛の存在にひるみながらも、見つけたケサランパサランはすぐに諦めることができるような代物しろものではない。

 男らは精一杯の虚勢きょせいを張って言い返した。

「大人しく渡してくれないなら仕方あるまい。おい、やってしまえ! ケサランパサランを捕獲しろ!」

 貴族風の男の後ろから現れた三人の屈強な護衛達が、一気にハンター達へ襲いかかった。

 暫くは護衛とハンターでの掴み合い。

 そのうち両方が持ち出した刃物を使って揉み合っているうちに、大きな叫び声が聞こえた。

「ぐっ、あぁーッ!」
「くそ……っ!」

 ハンター達はとうとう二人とも斬り伏せられた。
 何としてもケサランパサランを離さない二人に、護衛たちがれたのだ。

 だがその拍子に、悪人面の太った男の手に握られたケサランパサラン二匹はぎゅっと握り込まれてしまう。

 パラパラと羽毛のような毛を散らしながら、小さな生き物は息絶えてバラバラになった。

「ああーっ! 何をしている! 勿体もったいない!」

 貴族風の男はすぐに駆け寄ったが、息絶えたケサランパサランの大部分は風に乗ってフワフワと消えてしまった。

「くそーッ!」

 腹立たしげに、そこに転がるハンター達の死体を睨みつけて蹴飛ばそうとした……が、靴が汚れるのをきらってやめた。

 その間、護衛三人は直立不動の姿勢で待つ。
 だが、近くに僅かな気配を感じてすぐに貴族風の男の元へと駆け寄った。

 近くの下草がガサガサと音を立てる。

 複数人が駆ける足音が聞こえて、やがて現れたのはメルシェ王国の紋章が入った騎士服に身を包んだ騎士たちであった。

「何をしている!」
「動くな!」

 バラバラと駆け寄る複数の騎士たちに、三人の護衛も貴族風の男も動けずにいた。
 流石の護衛たちも、手練てだれの騎士相手には敵わない。

「……ッ! どうして⁉︎」

 貴族風の男は悔しそうに拳を握り込んで、歯を食いしばった。

「ゲランきょう! 度重なるケサランパサランの乱獲、それに今回は……殺人も追加されるようだな」

 騎士達の中でもより一層凛々しく、まだ若く見えるが威厳のある男が前に出た。

 艶のある黒髪は短く切り揃えられ、人を簡単に射殺すような三白眼さんぱくがんで鋭く犯人達を睨みつけている。

「……わざわざユーゴ・ド・アルロー騎士団長様が直々にお越しとはな……」

 ゲラン卿と呼ばれた貴族風の男は苦笑しつつ呟いた。
 仕立ての良いスーツの肩をすくめて、大きくため息を吐く。

「連れて行け!」
「はっ!」

 部下の騎士たちにゲラン卿とその護衛たちを連行させた騎士団長ユーゴは、いかめしい顔つきで周囲を見渡した。

 ふと、すぐ近くにあるハンターたちの遺体のそばでバラバラになってしまったケサランパサランの毛束の残りに目をやる。

「可哀想に……」

 騎士服が汚れることもいとわずに、その場にひざまずいてそれらを手の中にそっと集めた。
 それから、胸元から取り出したハンカチに毛束を優しく包む。
 
 後方から駆け足で近付いてくる足音がすると、さっと立ち上がる。
 入れ替わりでハンター達の遺体を回収に来た部下達に指示を出した。
 
 震えながら木の洞の中にいた一匹の小さめなケサランパサランは、ユーゴのした事をじっと見ていた。

 その瞳には親を亡くした深い悲しみと、そしてどこか希望が見えた気がした。

 この一匹の小さなケサランパサランが、今後あの騎士団長ユーゴ・ド・アルローに深く関わっていくことになる始まりの日であった。











 


 







 
 



 







 
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