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本編
7. 探偵だったんだ
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失敗した患者がどうなったのか、それに関しては涼介も話すつもりがないようで、同時に美沙もそこには微塵も興味がないようだった。
「ハジメの事務所は元々探偵事務所だったんだけど、常に閑古鳥が鳴いてるし。そのうち自然の流れで僕の『処置』を手伝ってくれたら報酬を払うって事になったんだよね」
「ふうん。ハジメちゃん、本当に探偵なんて出来るの?」
「ハジメがこんなんになるのは美沙ちゃんの前だけだよ。普段は無口で無愛想で、人付き合いも営業も下手くそな探偵だったんだよな? あ、まだ美沙ちゃんが許可してないから喋ったらダメだったな」
ここでやっと美沙が、ハジメに向かって「喋っていいよ」と告げる。するとハジメはゆっくりと口を開いた。
「探偵の仕事は好きだが、向いているかどうかと言えば向いていないかもしれない。愛想がなさすぎてクライアントに怒られるか、仕事を貰えない事が多いな」
「だよねぇ。そんなんじゃ生活出来ないじゃん」
元々ハジメは笑顔を見せる事も稀な人間だ。今でこそ美沙にはデロデロに蕩けるような顔を見せているが、付き合いの長い涼介だってそこまで自然体のハジメは見た事が無い。
「だからハジメの兄貴とも相談して、僕がクライアントになってハジメに依頼してるんだよ。この『処置』に関しては、ハジメにしか出来ない仕事だしね」
「で、結局私にその話をして、どうしろって言うの?」
美沙は一房の髪束を耳にかけると、少し首を傾げるようにして涼介に尋ねた。
「美沙ちゃんも時々、ハジメと一緒に依頼を受けてくれると助かるなぁって」
「何で私まで?」
「どうしても、男のハジメだけじゃ無理な患者もいてさ。美沙ちゃんみたいな女の子が相手だとスムーズに処置できる事もあるんだよ」
「別にいいけど。ちゃんとお金はちょうだいね」
涼介の依頼に対して悩む時間を一切持たずに即答した美沙に、隣に座っていたハジメが思わずといった風に口を挟んだ。
「でも、美沙にいらぬ危険が降りかかるかも知れない。別に今のまま、俺だけでも……」
「ハジメちゃんは黙っててよ。いい? 今は私と涼介くんの話だから」
再び口を挟む事を禁止されたハジメは、ぎゅっと唇を噛んでから、ずれてもいない眼鏡を直した。
「涼介くん、ちゃんとお金くれるんでしょ? それならいいよ。私、早くお金貯めたいし。それに、手伝うならもっとハジメちゃんと長く一緒にいられるもんね」
「うんうん。ちゃんと報酬は払うよ。ハジメも最近は美沙ちゃんとの時間を確保したいからって、依頼を断る事もあって困ってたんだ」
「え⁉︎ そうなの?」
キッと鋭い目で美沙から睨まれたハジメは、ビクリと肩を揺らして目を逸らした。そんな二人を穏やかな表情で見つめる涼介は、美沙に向かって魅力的な条件を告げた。
「美沙ちゃんは依頼一件につき十万、どう?」
「うーん、魅力的だけど、ハジメちゃんはいくらなの?」
「それは大人だからね、美沙ちゃんよりちょっとは多いよ」
「えー、ずるいなぁ。でもまぁいっか。どうせハジメちゃんと私の為の貯金だし。ハジメちゃんがたくさん稼いでくれたらいいや」
そんな美沙の言葉に驚いたのは、涼介だけでなくハジメもだった。二人は目をまん丸にして美沙を見つめる。美沙は何でもない事のように思っているのか、平然とした顔でツンと前を向いている。
「美沙ちゃん、貯金して何するの?」
「んー? ハジメちゃんと結婚して、毎日色んな遊びが出来る私達だけの家を買うの」
嬉しそうに話すその表情は、女子高生の美沙に年相応の雰囲気を纏わせている。話している内容は別として。
「美沙……、俺との事をそんな風に思ってくれていたんだな」
「ハジメちゃん、まだ話していいって言ってない。黙ってて」
「はい」
美沙にとっての照れ隠しなのか、ハジメに命令する声もいつもより少しはにかむようなものだった。
「じゃあ、そういう事で。これから何かあったら頼むよ、二人とも。多分、近々依頼する事になると思うけど」
「了解。じゃあ涼介くん……あ、間違えた。先生、さようなら。ありがとうございました」
一応イトコと主治医の役割を分けて考えて呼び名を変えているつもりなのだろう。美沙はそう言うと立ち上がり、大人しく黙って座っていたハジメの方へ手を差し出した。
「さ、帰ろう。ハジメちゃん」
二人は涼介のクリニックを出た。表の看板には『かんなぎメンタルクリニック』と書いてある。美沙はその看板に目をやると、ハジメに聞こえない程度のごく小さな声でぽそりと呟く。
「私達の名前にそんなチカラがあるなんて知らなかった。でも……やっぱり涼介くんにいいように使われてる気がして、何かやだなぁ」
「ん? 何か言ったか?」
「んーん、別に。ねぇ、今日パスタ食べに行こ! 新しく出来たお店、行ってみたい」
駐車場に停めてあるハジメの車に、慣れた様子で乗り込みながら美沙は無邪気に笑った。
「さぁ、しゅっぱーつ!」
「ハジメの事務所は元々探偵事務所だったんだけど、常に閑古鳥が鳴いてるし。そのうち自然の流れで僕の『処置』を手伝ってくれたら報酬を払うって事になったんだよね」
「ふうん。ハジメちゃん、本当に探偵なんて出来るの?」
「ハジメがこんなんになるのは美沙ちゃんの前だけだよ。普段は無口で無愛想で、人付き合いも営業も下手くそな探偵だったんだよな? あ、まだ美沙ちゃんが許可してないから喋ったらダメだったな」
ここでやっと美沙が、ハジメに向かって「喋っていいよ」と告げる。するとハジメはゆっくりと口を開いた。
「探偵の仕事は好きだが、向いているかどうかと言えば向いていないかもしれない。愛想がなさすぎてクライアントに怒られるか、仕事を貰えない事が多いな」
「だよねぇ。そんなんじゃ生活出来ないじゃん」
元々ハジメは笑顔を見せる事も稀な人間だ。今でこそ美沙にはデロデロに蕩けるような顔を見せているが、付き合いの長い涼介だってそこまで自然体のハジメは見た事が無い。
「だからハジメの兄貴とも相談して、僕がクライアントになってハジメに依頼してるんだよ。この『処置』に関しては、ハジメにしか出来ない仕事だしね」
「で、結局私にその話をして、どうしろって言うの?」
美沙は一房の髪束を耳にかけると、少し首を傾げるようにして涼介に尋ねた。
「美沙ちゃんも時々、ハジメと一緒に依頼を受けてくれると助かるなぁって」
「何で私まで?」
「どうしても、男のハジメだけじゃ無理な患者もいてさ。美沙ちゃんみたいな女の子が相手だとスムーズに処置できる事もあるんだよ」
「別にいいけど。ちゃんとお金はちょうだいね」
涼介の依頼に対して悩む時間を一切持たずに即答した美沙に、隣に座っていたハジメが思わずといった風に口を挟んだ。
「でも、美沙にいらぬ危険が降りかかるかも知れない。別に今のまま、俺だけでも……」
「ハジメちゃんは黙っててよ。いい? 今は私と涼介くんの話だから」
再び口を挟む事を禁止されたハジメは、ぎゅっと唇を噛んでから、ずれてもいない眼鏡を直した。
「涼介くん、ちゃんとお金くれるんでしょ? それならいいよ。私、早くお金貯めたいし。それに、手伝うならもっとハジメちゃんと長く一緒にいられるもんね」
「うんうん。ちゃんと報酬は払うよ。ハジメも最近は美沙ちゃんとの時間を確保したいからって、依頼を断る事もあって困ってたんだ」
「え⁉︎ そうなの?」
キッと鋭い目で美沙から睨まれたハジメは、ビクリと肩を揺らして目を逸らした。そんな二人を穏やかな表情で見つめる涼介は、美沙に向かって魅力的な条件を告げた。
「美沙ちゃんは依頼一件につき十万、どう?」
「うーん、魅力的だけど、ハジメちゃんはいくらなの?」
「それは大人だからね、美沙ちゃんよりちょっとは多いよ」
「えー、ずるいなぁ。でもまぁいっか。どうせハジメちゃんと私の為の貯金だし。ハジメちゃんがたくさん稼いでくれたらいいや」
そんな美沙の言葉に驚いたのは、涼介だけでなくハジメもだった。二人は目をまん丸にして美沙を見つめる。美沙は何でもない事のように思っているのか、平然とした顔でツンと前を向いている。
「美沙ちゃん、貯金して何するの?」
「んー? ハジメちゃんと結婚して、毎日色んな遊びが出来る私達だけの家を買うの」
嬉しそうに話すその表情は、女子高生の美沙に年相応の雰囲気を纏わせている。話している内容は別として。
「美沙……、俺との事をそんな風に思ってくれていたんだな」
「ハジメちゃん、まだ話していいって言ってない。黙ってて」
「はい」
美沙にとっての照れ隠しなのか、ハジメに命令する声もいつもより少しはにかむようなものだった。
「じゃあ、そういう事で。これから何かあったら頼むよ、二人とも。多分、近々依頼する事になると思うけど」
「了解。じゃあ涼介くん……あ、間違えた。先生、さようなら。ありがとうございました」
一応イトコと主治医の役割を分けて考えて呼び名を変えているつもりなのだろう。美沙はそう言うと立ち上がり、大人しく黙って座っていたハジメの方へ手を差し出した。
「さ、帰ろう。ハジメちゃん」
二人は涼介のクリニックを出た。表の看板には『かんなぎメンタルクリニック』と書いてある。美沙はその看板に目をやると、ハジメに聞こえない程度のごく小さな声でぽそりと呟く。
「私達の名前にそんなチカラがあるなんて知らなかった。でも……やっぱり涼介くんにいいように使われてる気がして、何かやだなぁ」
「ん? 何か言ったか?」
「んーん、別に。ねぇ、今日パスタ食べに行こ! 新しく出来たお店、行ってみたい」
駐車場に停めてあるハジメの車に、慣れた様子で乗り込みながら美沙は無邪気に笑った。
「さぁ、しゅっぱーつ!」
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