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63. 貴方が私を愛してくださったから、やっと迎えられました
しおりを挟む泉から帰ったキリアンは、何故か言葉少なめでジュリエットを心配させた。
二人は家に入ってすぐのリビングで立ったままでいた。
「あの、キリアン様? 私怒ったりしておりませんのよ? 例えキリアン様が女性用の泉を覗いたとしても、私は怒ったりしませんわ。だってあそこには私しかいなかったのですから」
見当違いなことを言うジュリエットに向けて、キリアンは真剣な眼差しで答えた。
「ジュリエット、身体は本当に平気なのか?」
「え? ああ、はい。足首に少し内出血はありますけれど、あまり痛みもないですし」
「……あの邸で、何か嫌なことされなかったのか? あの男に……」
キリアンの聞こうとしていることの意味を理解したジュリエットは意を決して答える。
「私を泣かせる為に、ピエール様は私に様々な嫌がらせをしてきましたわ。それでも髪や四肢に触れる程度で……、けれど……私はそれすらもとても堪えられなくて何度も自害しようと……」
ポタポタと紫色の瞳から零れ落ちる涙は、もう真珠にこそならないがキラキラと美しく輝きながら落ちていく。
「もういい……」
そう言ってキリアンはジュリエットを強く抱きすくめた。
華奢な身体は小刻みに震えていたが、やがてそれも落ち着いてくる。
「キリアン様以外に触れられるなど、とても嫌でした……」
「そうか」
「ですからキリアン様、今日こそ私との約束を守っていただけますよね?」
約束というのは、以前初夜を迫ったジュリエットがキリアンに拒絶されたときに交わしたもので、『ジュリエットのことを愛するようになった暁には初夜を迎える』というようなことである。
「あんたは……。こんな時まで強引なんだな。ちょっとは俺に言わせろよ!」
「あら、キリアン様。何かおっしゃるおつもりでしたの? どうぞ、遠慮なさらずにおっしゃってくださいな」
一旦身体を離し、顔半分に手をやって耳まで赤らんだ顔を隠すキリアンは、恨めしそうに傍に立つジュリエットを見ていた。
そして意を決したように姿勢を正して口を開いた。
「俺は、お前のこと何よりも大事にしたい……。愛してるって感情が多分こうなんだろうなって初めて知ったんだ。だから……お前のこと、俺のもんにしてもいいか?」
ポケーっとキリアンの方を潤んだ瞳で見つめていたジュリエットは、そのうち顔と耳を真っ赤に染めてブンブンと首肯した。
「は、はい……っ!」
ピョンと飛び跳ねてすぐ傍のキリアンの胸へと飛び込んだジュリエットは、そのままギュウッと逞しい身体を抱きしめた。
一瞬驚きを見せたキリアンの方も、ジュリエットを抱きとめたのである。
やがてジュリエットの両頬へと手をやったキリアンは、そっと顔を上に向かせてから優しく微笑んだ。
ジュリエットがその顔に見惚れているうちに、お互いの柔らかな唇が触れて優しい口づけを交わした。
青白い月明かりは、室内の二人を優しく包んでいる。
おかしなきっかけで夫婦となった二人は、紆余曲折あったもののお互いの気持ちが通じ合い、やっとのことで初夜を迎えられたのであった。
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