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60. 粘って粘って粘り勝ちですわ
しおりを挟む呼び止められたジャンは恐る恐る室内に足を踏み入れた。
「ほんとにいいのかなあ?」
「何がだ」
「いやぁ……お邪魔じゃないのかなぁと」
「誤解するな。おかしなことはして……ない」
キリアンとジャンが気安いやり取りをしている間にジュリエットは急いで服を整えた。
「あっ! ジャン! 助けてくれてありがとう」
「お嬢、怪我ない? ほんと良かったよー」
ジャンは細い目をますます細めて嬉しそうに笑った。
ジュリエットも、ジャンの屈託のない笑顔を見れば胸が熱くなった。
「それで? エマ婆さんの方はどうだった?」
「そうそう、それがさー。どうやらアリーナはこの街でピエールに接触したみたいなんだよね。今は行方不明のままだって」
「……アリーナさんは……」
目の前で殺されたアリーナの姿を思い出すと、ジュリエットは身震いした。
「ジュリエット?」
「アリーナさんは、ピエール様に殺されました。私の涙のために……。目の前で……首を刺されて……。血がたくさん飛び散って……。私は、何も出来なかったのです……」
一瞬、キリアンとジャンは息を呑んだ。
「ごめんなさい……。私のせいで……」
小刻みに肩を震わせて涙を流すジュリエット。
もう涙は涙のままでポトポトと衣服や床に水溜りを作るだけだった。
キリアンはそんなジュリエットをグッと抱き寄せた。
「あいつは集落の人間を裏切った。どちらにせよ、罰は受ける予定だったんだ。集落の人間の掟は厳しいからな」
「……ごめんない」
「俺らがするか、ピエールがするかの違いだけだ」
ジャンはそんな二人を黙って見守った。
「それで、グロセ伯爵家の方はどうなった?」
ジュリエットを胸に抱いたままで尋ねたから、キリアンの声が胸を通してジュリエットの耳元に響いた。
それにジュリエットは羞恥に顔を赤く染めながらも、温かく幸せな気持ちに浸るのであった。
「順調に捕らえられたんだって。伯爵も、息子も。あとリード商会の会長もね」
「そうか。本当なら俺がぶっ殺してやっても良かったがな」
「そんなことしたってお嬢は喜ばないでしょ? ねえ?」
ジャンに声をかけられて、キリアンに抱きすくめられたままのジュリエットはコクコクと頷いた。
「そうか? なら仕方ねぇか」
そう言ってやっとジュリエットを解放したキリアンは、手を引いて寝台へジュリエットを座らせると、自らとジャンは備え付けの椅子に腰掛けた。
そしてジュリエットにあの日何があったのか尋ねたのであった。
ジュリエットは、井戸端での出来事からグロセ伯爵家へ連れて行かれたあの日のことを話した。
「やっぱそういうことか……。アリーナが手引きしてお前を攫ったんだな」
「はい。あの男性はどうなさったのでしょうか?」
「あいつは俺らが踏み込んだ時には既にグロセ伯爵家で殺られてた」
「……そうですか。それで、何故お父様がグロセ伯爵家に?」
「実はな……」
キリアンは、グロセ伯爵家と一部の貴族たちの悪行やクライヴ・パワー・リードという悪徳商人のことについてジュリエットへ説明する。
クライヴはとても野心家であったから、豊富な財産だけでは飽き足らず、かつて人魚の一族がそうであったようにジュリエットの作り出す真珠を使ってこの国での爵位を手に入れようとしたようだ。
最近になって、過去に出回っていた幻の真珠が再び高値で売り買いされているという情報がすでに国の中枢で勤めるメノーシェ伯爵の耳にも入っていた。
この国ではもう新たに『人魚の涙』を作れる人魚はいないはずだと考えれば、メノーシェ伯爵はどこか嫌な予感がしたと言う。
メノーシェ伯爵達による調査の結果、今回グロセ伯爵家とその他協力して悪事に手を染めた貴族たち、そしてリード商会のクライブ会長の繋がりと悪事の証拠を手に入れることができたのだ。
そしてグロセ伯爵家にジュリエットが攫われたかもしれないとキリアンからの情報で知り、点と点が線で繋がったメノーシェ伯爵は、急ぎ大捕物を計画したのである。
それこそ職権濫用も甚だしいが、娘の身の安全の為には背に腹はかえられなかったのだろう。
少し前に遣いを出してジュリエットの無事をメノーシェ伯爵へと伝えたこともジャンは話した。
「それにしても、まさか呪いが解けてなかったなんてね……」
神妙な面持ちで言うジャンに、キリアンは罰の悪そうな表情で髪をガシガシと搔いた。
そして、蚊の鳴くような声で呟いた。
「もう、さっき呪いは解けたんだよ」
「え?」
「呪いだよ! 解けたんだよ!」
「いつ?」
「さ、さっきだ!」
妙に早口で顔を紅潮させたキリアンは、それを言うなりそっぽを向いた。
そしてそんなキリアンの言葉を聞いて数秒動きを止めたジャン。
のちに状況を理解して満面の笑みを浮かべる。
「そうかそうか、とうとうキリアンが認めたのか。お嬢の粘り勝ちだね」
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