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52. 本当に嫌なお方です
しおりを挟む「ほら! 立てよ!」
キリアンの家は一番集落の奥にあるから近くに人気がない。
無理矢理立たされたせいで、ジュリエットの服の肩部分が大きく破れた。
「それ、何?」
ジュリエットの肩に見える虹色に輝く鱗の部分。
それを気味が悪そうに見つめるアリーナと男は驚きで動きが止まった。
しかしジュリエットも、秘密を知られたショックと暴力への恐怖からすぐに動けないでいた。
「あははは……! あんた、そんな気味の悪い体して! そこのトカゲにそっくりじゃない!」
笑うアリーナに、ジュリエットは肩を手で隠すようにして唇を噛み締めることしかできない。
結局無理矢理立たされてから、その後も男に腕を強く掴まれている。
「キリアン様たちには言わないで」
キッと紫水晶のような鋭い瞳をアリーナへ向けたジュリエットは、そう言ったもののそれは逆効果であった。
「ふうん……。それなら私と一緒に来なさい。あんたが共にあるべき人は他にいるんでしょう? 嫌ならキリアンにバラすわ」
ジュリエットはアリーナが何を言っているのか分からなかったのだが、それでも暴露されたくない一心でアリーナと男に連れられてその場を去った。
残されたのは、井戸端のトカゲスチュアートと傷を負った男の血痕がポトリと数滴。
「おい、起きろ! ご主人様がお呼びだ!」
病み上がりの身体で集落から険しい森の中を歩かされたジュリエットは、疲れ果てて知らぬうちに意識をなくしていた。
耳元で大きく叫ぶ男の声に眉間に皺を寄せたジュリエットは、ゆっくりと瞼を上げた。
目に入ったのは見た事のない赤い天蓋 と、少し視線をずらせば白い天井に豪華なシャンデリアがぶら下がっていた。
「……ここは……」
「やっと目が覚めたか。早く起き上がれ! ピエール様がお呼びだ!」
「……ピエール……」
まだ頭の芯がボーっとした様子のジュリエットは、ゆっくりと起き上がるとそこはフカフカの寝台に真っ赤な掛布がかけられた、貴族の邸宅の一室であった。
グイッと腕を引っ張られて、寝台から引きずり下ろされたジュリエットは、まだ疲労と硬直の気になる脚を無理に動かして裸足で部屋を移動した。
足元には毛足の長い豪華な絨毯が敷き詰められている。
家具や調度品もジュリエットの実家である伯爵邸と遜色のないもので揃えられている。
「どこへ? 痛いので手を離してくださらないかしら? 自分で歩けますわ」
「ふんっ! 生意気なお嬢様だ。ピエール様がお待ちだからな。さっさとここの扉の向こうへ行け」
そう言われてジュリエットが立ったのは大きな茶色の扉の前で、その表面には優雅な装飾の施されたものであった。
そっと金のドアノブを下ろせば、扉が開いて次の間が見えた。
真っ白に統一された家具や調度品、壁と床の絨毯、そして天井がどこか不安感を覚える不思議な部屋である。
ジュリエットが恐る恐る中に入れば、これまた真っ白なソファーの上に長い脚を組んで腰掛ける男が見えた。
明るい金髪の癖毛を肩まで伸ばして、背筋を伸ばして脚を組むその風貌はとても美しいが、その表情はどこか狂気的だった。
まるで海のような青い目が射殺すようにジュリエットの方へと向けられていたのだ。
そして歪んだ弧を描く唇が言葉を紡いだ。
「やあ、ジュリエット嬢。いつかの日はどうも。えらく手間を取らせてくださいましたね。随分と探しましたよ。まさかあんな森の奥深くにいたとはね」
「……ピエール様、一体何事ですの?」
「何事かって? 勿論貴女を私のものにする為に手を尽くしたんですよ。あのアリーナとか言う娼婦も、貴女のことを疎んでいたようだ」
立ち上がったピエールは少しずつジュリエットの方へ歩いて近づくと、跪いてジュリエットの手を取りその甲に口づけを落とした。
「ジュリエット嬢、私のものになりなさい」
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