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51. 何故このようなことをなさるの
しおりを挟むあの日、集落に帰って来た日の夜にジュリエットは高熱を出して寝込んだ。
時々言うことを聞かなくなる脚を無理に動かして険しい道のりを歩いたのだからそれも当然のことであった。
意外なことにキリアンは仕事を休んで寝込んだジュリエットの世話をしていた。
そのようなことは、長い付き合いのジャンでさえ驚くほどのことである。
密かに喜んだジャンは頭領であるキリアンが安心して休めるように色々な手配を済ませたのであった。
そうして三日目で体調を回復したジュリエットは、キリアンの優しさに触れたことでなお一層パワフルに気持ちを伝えるのであった。
「キリアン様、今日は久しぶりのお仕事ですね。私のせいで随分とお仕事を休ませてしまって申し訳ございません。皆様によろしくお伝えくださいませね」
「お前、本当に大丈夫なのか? 今日は一日無理すんなよ。昼飯はパン粥でも食べろ。夕方には帰る」
「ありがとうございます。キリアン様、私はやはり貴方のことを愛しておりますわ。行ってらっしゃいませ」
以前より自分のことを気にかけてくれるようになったキリアンに、扉のところまで見送りに来たジュリエットは頬を染めて満面の笑みを向けた。
「……なんだよ、それ。行ってくる」
ジュリエットからはサッと後ろを向いて扉から出たキリアンの耳がほんのり赤らんで見えた。
「お気をつけて」
家の中から手を振って送り出していたジュリエットは、パタンと扉が閉まれば急ぎで窓際へ走り寄る。
そしてリネンのカーテンをピラリと捲ると窓から外を覗いた。
見えるのは、家の前の路地を真っ直ぐに歩くキリアンの背中。
「ああ、もう少し先に行くと右に曲がってしまうのよね。そうしたら見えなくなってしまうわ……」
そう独りごちたところで、角の家を右に曲がろうとしたキリアンがチラリとこちらの窓の方へと振り向いた。
目が合いそうになり、こっそり覗き見ていたことが後ろめたかったジュリエットは思わず壁の方へと隠れて目を逸らしてしまった。
ジュリエットが最後に見た瞬間、キリアンは一瞬足を止めていた。
再びそぉーっと壁の陰から覗き見ると、再び歩き出したキリアンは角を曲がって見えなくなったところであった。
「ふうー……。見つかるところでしたわ。いいえ、例え見つかっても良いのですけれど! 書類上私たちは新婚夫婦なのですから! でも……照れ臭いですものね」
大きな独り言を言ったジュリエットは、少しだけの洗い物でも済ませようと食器を持って井戸端へ向かった。
井戸端のトカゲ、スチュアートに会うのも久しぶりのことである。
「おはよう、スチュアート。元気だった?」
ジュリエットは井戸の縁でのんびりと過ごすスチュアートをそっと撫でた。
暖かい日差しを求めて縁にのんびり座っているトカゲは、どこか気持ちよさそうに撫でられている。
「ねえ、貴女何をやらかしたの?」
その声に井戸端で座り込んでいたジュリエットが振り向けば、そこには燃え上がるような赤い髪を風に靡かせたアリーナが、目を三角につり上げて立っていた。
「アリーナさん……。一体何のことでしょうか?」
ジュリエットはすっと立ち上がって背筋を伸ばした。
負けん気の強いジュリエットはアリーナに対して弱みを見せまいと、何でもないことのように表情を繕った。
「おかしいと思ったのよね。なんで突然キリアンが貴女を妻にしたのか。どうやら深い事情があるようね。その面白そうな話、私にも聞かせてくれない?」
「何のことだか分かりませんわ」
ガサガサッとキリアンの家の裏手の森の木々が揺れて、屈強な壮年の男が一人現れた。
ジュリエットの記憶ではこの男は確かこの村に住む者であったが、親しい訳ではないのでどのような人物かは分からない。
「ほら、そこのお嬢様を捕まえて。騒がれると面倒だし、服でも破いてすぐには逃げられないようにしてね」
「おうよ! まかせろ!」
ジュリエットはその場からゆっくりと後ずさった。
箱入り娘であったジュリエットは、あまり巷の男たちと接する機会もない上に、悪意に晒されたことなどほとんどないのだからこういう時にどうしたら良いか分からない。
それに、こんな時に限って脚が硬直してうまく動かないのだ。
無理に動かそうとして、ジュリエットはその場でバランスを崩して横向きに倒れ込んだ。
「あはは……っ! お嬢様ったら恐怖から脚が動いてないじゃない。ほら、さっさと起き上がらせて。連れてくわよ」
「あいよっ!」
何故かアリーナの言うことを聞いている男は、無理矢理ジュリエットを立たせようとする。
ジュリエットはできる限りの抵抗をした。
必死で抵抗した際に男の腕をその辺の鋭利な形の石を掴んで引っ掻いた。
男の腕にはスッと歪な切り傷ができ、出血している。
「くそ……っ! このアマ!」
「きゃっ!」
バシンッと激しい音がして、ジュリエットの柔らかな頬肉に男の大きな手の跡が赤くついた。
衝撃で切れた口元からは少し血が滲み、ジュリエットは溢れそうになる涙を必死で堪えた。
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