50 / 67
50. キリアン様、今日はとてもお優しいわ
しおりを挟むこうして無事に集落の入り口へと戻ったジュリエットは、森の奥深くの集落へ続く獣道を歩く。
途中で脚が上手く動かなくなる時もあった。
その都度キリアンやジャンは心配そうにしたが、久しぶりの外出の疲れからだと言って何とか乗り切った。
それでも集落までの険しい道のりを歩ききったのだから、やはりジュリエットは負けん気が強く、周囲に心配させまいとする性格はなかなかのものである。
集落の奥にあるキリアンとジュリエットの家に着いた時には、ジュリエットはすっかり疲れてしまい、力尽きて座ったソファーでそのまま眠ってしまった。
キリアンとジャンはそれぞれ荷物を片付けてダイニングの椅子に腰掛ける。
「それで? メノーシェ伯爵とは話せたのか?」
「それはもう、バッチリだよ。俺らのことは敢えて深く聞いて来なかったし、さすがって感じだね」
「そうか。それで奴隷売買が根絶されれはいいが……」
よく眠っているジュリエットはソファーでとうとうコロリと横になってしまった。
しかしそれでも目を覚ます様子はない。
そんなジュリエットに掛布をかけてやりながら、声を落としてキリアンはジャンとやり取りをする。
そんなキリアンに向けて、ジャンは口の端を緩く持ち上げながら話を続けた。
「あの伯爵ならきちんとやってくれそうだよ。その為に情報を渡したんだからね。やってもらわないと。……あっ!」
突然思い出したかのように、大きな声を上げたジャンにキリアンは口の前に人差し指を持って行って『静かにしろ』と制する。
「……悪い。実はお嬢のことをしつこく探し回ってる奴がいるらしい。それがあのグロセ伯爵家のピエールって息子だと」
「ピエール?」
「キリアンがお嬢に連れられて初めて伯爵邸に行った時に会わなかったか?」
キリアンが記憶を辿ってみれば、確かに伯爵邸で大騒ぎをしていたいかにも貴族のボンボンといった男がそんな名前だったと思い出す。
「そういえば、そんな奴いた気がするな。えらく怒ってて、ちょっと何言ってるか分かんない奴だったが」
「そのピエールが、お嬢に何かしようとしてるかも知れないんだよ。探すってことは目的があるんだろ。もうお前と婚姻を結んでることを知っていながら探すって、どうせロクな目的じゃないぞ」
キリアンは眉間に皺を寄せた難しげな表情で、穏やかに眠るジュリエットの寝顔を見つめている。
ジャンはキリアンが何か言うのをじっと待った。
「ジュリエットは、グロセ伯爵家のことが始末が付くまでは集落から出さない。ここに居ればおかしな奴も入って来れないだろ。それにしても、貴族って面倒くさい奴らだな。何をこんなお嬢さんにそこまで執着するんだか」
そう言いながらもキリアンの瞳が静かな怒りに燃えているのをジャンは気づいていた。
本人は気づいていないが、最近ではジュリエットのことを柔らかな瞳で見つめていることも多いのだ。
明らかに始めとはジュリエットに対する感情は変わってきているだろうと思えた。
「キリアン、お前……」
ジャンがキリアンに声をかけたところで、ジュリエットが身じろぎしたかと思えば急にバッと起き上がった。
「はっ……! 私、寝てしまいました! 申し訳ございません!」
まんまるに紫色の瞳を見開いて、ソファーで上半身を起こしたジュリエットはキリアンとジャンに向かって頭を下げた。
「いや、別に疲れてるなら寝とけよ」
「そうそう、昼食できたら起こしてあげるよ」
そういう二人に向かってジュリエットはブンブンと頭を左右に勢いよく振った。
「そんな訳には参りません! 私が昼食を作ります!」
掛布を掴んでソファーから降りようとしたジュリエットに、キリアンは普段よりも優しい声音で制した。
「いや、今日は休んどけ。いいな、明日はまたアンのとこで仕事があるんだからな。今日くらいはゆっくりしとけよ」
「そうだよー。今日くらいはキリアンが美味しいご飯作ってくれるからさ」
「ジャン、お前も手伝えよ。食うんだろ?」
「え……? 分かったよ……。ということだからさ、お嬢はゆっくりしてて」
二人のやりとりにジュリエットは頬を緩めて頷いた。
「それでは、お言葉に甘えて。本日は休ませていただきます。明日からまた頑張りますわね」
0
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

はずれのわたしで、ごめんなさい。
ふまさ
恋愛
姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。
婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。
こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。
そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる