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48. メノーシェ伯爵の勤め
しおりを挟むサロンでは夫人とマルセルは自室へと下がり、伯爵とジャンが酒を酌み交わしていた。
「ところでメノーシェ伯爵、実は僕らは独自の情報網があるんですよ。そこで小耳に挟んだのですが、とある貴族たちが結託して貧民街の人間を攫っては奴隷として売り払っているそうなんですよね」
「……それで?」
「それでですね、僕らはそいつらの正体を掴んでる。伯爵も同じでしょう?」
伯爵の父、つまり先代の伯爵は長らく国の中枢で勤めていた。
そして国に蔓延る大規模な悪事について捜査を行う組織に属していた。
その対象は国内の貴族たちである。
時には脱税や違法行為などを捜査し、国に不義な行為をする貴族たちを取り締まる役割を果たして来たのだ。
そして今やその役割は息子であるフィリップへと引き継がれている。
「何故君らがそのような情報を掴んでいるのかは聞くのをよそう。私は娘の幸せを願っているからな」
「ふふっ……やはり仕事のデキる方のようですね。そのようにしていただけるとこちらも助かりますよ」
先ほどまでの団欒はどこへ行ったのか、厳しい顔つきの伯爵と飄々とした様子のジャンはこの国で現在起こっている事について話し始めた。
「奴隷たちを国内だけでなく他国にも売り払って金儲けする貴族どもを、僕らは許せないんですよね。それで、ちょっとだけ懲らしめたんですよ」
「……こちらには何の情報も上がっていない」
「そうでしょうねえ。被害届など出せる訳もない。黒い金ですからね」
ジャンはニヤリと口の端を持ち上げながら話を続ける。
「それで、面白いことに気づいたんです。先ほどピエール伯爵令息のお話が出たでしょう? グロセ伯爵家の嫡男だとおっしゃったか」
「確かに、彼はピエール・ド・グロセという伯爵令息だ。……まさか……!」
「いやいや、彼自身というよりは彼の父親のグロセ伯爵がね。奴が中心となって数人の高位貴族たちと結託してどうやら悪事を働いているようですよ」
ソファーに深く腰掛け直した伯爵は、足を組んで考えるようにこめかみに手をやり、そして短く唸った。
「私たちが時間をかけて調べても、巧妙に隠されて分からなかったのにも関わらず、そこまで調べられる君たちのの情報網というのも恐ろしいな。高位貴族たちのことについては確信があったが、まさか黒幕がグロセ伯爵だったとは」
「グロセ伯爵は悪徳商人とツルんで稼いだ金を随分と多く資金洗浄してますよ」
「何だと⁉︎ くそっ! よくあんなところにジュリエットを嫁がせなかったものだ! 私としたことが……」
頭を抱えて下を向いた伯爵に、ジャンは畳み掛けるように言葉を続ける。
「僕らもね、もう悪事からは足を洗うつもりなんです。だけどこの件については到底許せない。貧民街の女や子どもをなんて事ない物のように扱う奴らを心底懲らしめないと気が済まない。しかし平民の僕らでは結局奴らを根底から叩きのめすことは出来ないんです。だからね、伯爵。情報を渡しますから……頼みますよ。あとは国の権力ってやつであいつらを破滅させてやってください」
ジャンの言葉に、伯爵はしばし考え込んでいるようだった。
色々とショックもあったのだろう。
一歩間違えれば、悪事の中心に我が娘を放り込むところだったのだから。
「分かった。必ず、彼らにはきちんとした罰を与えよう」
伯爵は顔を上げてしっかりとジャンの緑の瞳を見つめた。
その凛とした顔立ちは、キリアンのために人生を変えたジュリエットにも似ていたのであった。
「それなら安心しましたよ。お嬢には僕らの仕事に関しては話してないんでね。内緒にしといてくださいね」
口元に人差し指を持って行き、パチンと片目を瞑ったジャンだったが極度の細目の為にとてもウインクには見えなかった。
「君たちは一体……。いや、聞くのはやめておこうと決めたところだ。聞いてしまえば追わなければならなくなるだろう」
伯爵は脱力したように首を左右に振りながら言葉を紡ぐ。
「賢明なご判断です」
ジャンはにっこりと笑ってみせた。
今日のことはキリアンと話し合って決めたことだ。
キリアンは、たとえ形だけだとしても直接妻の父親に自分たちの悪事を暴露するのが躊躇われたのであろう。
それにこのような話をするには、口下手なキリアンよりもジャンの方が適任だ。
そうしてまだ暫くは、サロンの灯りが消えることはなかったのであった。
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