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41. 明日が楽しみで眠れないのです
しおりを挟むその夜、明日のことを考えるとなかなか寝付けないジュリエットはそおっと自室を抜け出した。
リビングのソファーではキリアンが本を読んでいて、夜着で部屋から出てきたジュリエットにギョッとした様子を見せたが、パタンと本を閉じて代わりに口を開いた。
「どうしたんだ?」
「キリアン様……、明日が楽しみで眠れないのです」
胸の前で両の手を組み、どこか上の方をキラキラとした瞳で見つめながら答えるジュリエットにキリアンは思わずフッと笑いながら息を吐く。
「お前、子どもみたいなこと言うなよ。たかが街に出かけて実家に帰るだけだろうが」
「それでも、三ヶ月もこちらでいましたからなかなか緊張しますわ」
「まあ、確かにな」
ジュリエットは何か言いたげであるが、モジモジとしている。
「なんだよ?」
「あの……、今日だけ一緒に寝てくれませんか? このままだと眠れそうにないのです。キリアン様が隣でいてくれれば安心して眠れると思うのです」
「はぁ⁉︎」
突然のジュリエットからの提案にキリアンは思わず大きな声を上げた。
「お願いいたします! 絶対におかしな真似はいたしませんから!」
「いやいや、それはどちらかと言えば俺の台詞だろうが!」
「キリアン様……、私この三ヶ月随分と努力してまいりました。皆も褒めてくださるのですよ。ご褒美いただけませんか? 添い寝だけでいいのです!」
確かにこの三ヶ月のジュリエットの変化はめまぐるしく、集落の者たちの話題になるほどであった。
キリアンにだって、『良い嫁さんだ』と言ってきた者たちは一人や二人ではない。
それに、集落の子どもたちはジュリエットに勉強を教えてもらえることをとても喜んでいた。
「……少しだけな。あんたが寝たら俺はこっちに帰ってくる」
「本当ですか⁉︎ 嬉しいですわ! さあさあ! こちらへ!」
グイグイと腕を引っ張るジュリエットは、この三ヶ月の間に令嬢らしからぬ力持ちになっていた。
勿論、キリアンからすればアリに引っ張られているようなものであったが。
「これは……狭くないか?」
以前は自分だけが使っていた寝台は、今はジュリエットのものとなり、そしてその寝台に大人が二人寝転がれば少々窮屈であった。
「少しの間だけですもの。いいじゃありませんか」
「あっ……! お前どさくさに紛れて手を繋ぐなよ!」
「手を繋ぐぐらいいいじゃないですか」
二人はこれでもれっきとした夫婦なのだ。
例えそれが契約上の夫婦だとしても。
「はぁー……」
キリアンはこの令嬢には何を言っても無駄だと言うことは、今更理解できていたからそれ以上は何も言わずにされるがまま横になって手を繋がれていた。
ジュリエットの手はまるで令嬢の手とは思えないほどに荒れて、傷だらけで、ささくれができていた。
手の皮も少しごわついている。
「あんた、まさか本当にここまでやるとはな」
ジュリエットは目を閉じて既にスウスウと寝息を立てている。
キリアンはまだジュリエットのことを愛しているとは言えない。
だが、時々他の女たちには感じなかった気持ちを感じることはあるのだ。
こんな破天荒で思い切りの良い女は初めてだったし、強引でキリアンの都合など考えない女も初めてだった。
だがこれほどまでにキリアンのことを好いていると言うばかりか、きちんとした行動に移せるのはジュリエットだからだろう。
始めは小さな手がキリアンの手をぎゅっと握りしめていたが、そのうちパタリと離れて力なく指が広がった。
ジュリエットが深い眠りについたようだ。
キリアンはソファーに戻ろうかと思案したが、ふとその小さな手を自分から握ってみる。
令嬢だった頃にはもっと柔らかくてすべすべとした手であったのだろうと思えば、どこからか慈しむような気持ちが湧いて来る。
「本当にバカな奴……」
気まぐれに、キリアンはそのまま目をつむった。
「今日だけだぞ」
暫くするとキリアンも規則的な寝息を吐く。
青白い月明かりが差す部屋で二人はそれぞれ穏やかな寝顔で休んでいた。
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